
悦子は景色を眺めながら、夏祭りの時の話を思い出していると、おじさんの声が聞こえた。
─ なーに、手紙一本渡す用事でよ ─
悦子は急に初江から渡された紹介状と重なり不安になった。椅子に腰掛け、バッグの中から封筒を取り出すと、開けることは躊躇し、封筒を表にしたり裏にしたりして見たが、書かれていることは分からず、一抹の不安を残しつつも、思い過ごしだろうと諦めて封筒をバッグの中にしまった。
水上バスを降りて地図を見ながら草木が生い茂った土道を進んで行くと、人っこ一人いない竹林に囲まれた未舗装の小道になり、段々と不安が募った。
二股に分かれた小道に来ると、正面の生い茂った草むらから、ガサガサっと音がして、不自然に揺れたので、悦子が足を止めて注視すると、現れたのは野良犬だった。
悦子が心細い目で野良犬を見ていると、野良犬は悦子の前を横切るようにして歩いて行ってしまった。
おじさんの声が聞こえてきた。
─ 川の仲間にゃ手に負えぬ 陸の仲間が殺ってくれ ─
悦子は不安に耐えられなくなった。再びバッグの中から封筒を取り出し、封筒を開けるかどうするか考えると、思い切って封を開け、巻き四つ折りの紹介状を取り出して開いてみると、目を見張った。紹介状には何も書かれていない白紙だったのだ。

悦子は背筋が凍る恐怖に襲われた。山崎の家には行ってはいけない。踵を返し血相を変えて、来た道を一目散に遁走した。
悦子は雑居ビル一階の小さな出版社の面接を受けていた。
「分かりました。じゃぁ働いてもらいましょう。原稿取り、お茶汲み、小人数ですから、なんでもやってもらいますよ」
穏やかな感じのする熟年の男だった。
「はい」
「残業も多い。いいですか?」
「結構です。ありがとうございます」
悦子は漸く就職が決まった。
悦子が帰宅すると、父親は居間で椅子に腰掛けて新聞を読んでいた。
「お父さん、やっと……」
悦子が嬉しそうな声で就職が決まったことを伝えようとすると、父親は、
「悦子、夕刊を見てご覧」
と、言って、テーブルに新聞を広げて置いた。
不正に加担・失踪した女性金融業者
卑弥湖畔で衣類を発見 追求逃れ自殺偽装?
「先週、訪ねて行こうとした人は、もしかしたら」
「そう」
悦子は頷きなから、新聞に目をやった。
「詐欺の疑いがあったらしいね。任意出頭を求められていたって」
父親はそう言うと、新聞を膝の上に乗せて記事を読みはじめた。
「同特捜部では、山崎さんが事件発覚後の追求を恐れて姿を消したものと見て、捜査を開始していたが、五日長野県の湖畔で同女性の物と思われる着衣の一部が発見された。地元の警察では山崎さんが身投げをした可能性が強いと見ているが……」
「自殺じゃないわ。どこかにきっといるわ」
悦子は首を大きく振りながら、父親が読んでいるのを遮った。
おじさんの声が聞こえてきた。
─ 陸の仲間が殺ってくれ ─
「私と年恰好がおんなじよ。血液型も。私が行っていたら、着衣の一部じゃなくて、私の死体が湖で発見されていたのよ。そしたら確実に自殺になって、追求はなくなってたわ」
「しかし、悦子。先方には会わなかったんだろ。年恰好が同じかどうか、まして血液型なんか分からないんじゃ無いかね」
悦子がもう一度新聞に目をやると、無表情でこちらを見ている初江の顔写真の下には、“山崎初江さん” と、記載されていた。
第二話『吉備津の釜』
制作・公開:1994年
<スタッフ>
監督・脚本:和田誠
原作:日影丈吉
<キャスト>
津野木悦子:熊谷真実
少女時代の悦子:矢島亜由美
悦子の父親:奥村公延
川本初江/山崎初江:清水ミチコ
会社の男:筒井康隆
会社の男:でんでん
会社の男:逗子とんぼ
電話ボックスの女:島田歌穂
電話ボックスの男:大河内浩
スーツ姿の男:平田満
居酒屋の店主:上田耕一
吉備津の釜のおじさん:フランキー堺
水上バスの男性:フランキー堺(二役)
水上バスの女性:佐々木すみ江
元(船頭):杉本哲太
造り酒屋の主人:高品格
河原の男:麿赤兒
薮の男:マルセ太郎
和尚(老僧):内田朝雄


















