【映画】怖がる人々『吉備津の釜』(3)

 久しぶりの水上バス。子供の頃、この船によく乗ったっけ。悦子は2階のオープンデッキの手すりに両腕を乗せて、川を眺めながら当時を振り返っていると、1階のデッキから会話が聞こえてきて、目を向けると初老の男女だった。

「あの辺りには、河童が住んでいたってことですねぇ。昔はそんなことを言いました」
「あー、そーすなぁ」

 あの男の人、会ったことがあるみたい。うん、あの人じゃなくって、あの人に似てる人。そうそう、“吉備津の釜のおじさん” だ。と、思い出した。

 悦子が小学生だった。おじさんは、大きな釜の周りに私たちを集めると、
「ほらほらほらほらほら、さぁーさぁー、さぁーさぁー、占って進ぜよう。これは吉備津の釜と言って、雨月物語の頃から伝えられている、良縁なら鳴るよ、悪縁なら鳴らない。耳を澄まして」
 と、言って、何か唱え出し、
「えい!」
 と、声を上げると、ボーッ、ボーッと釜が鳴りはじめた。
「ほら、ほら、鳴ってきた、鳴ってきた。はぁー、いい音だねぇ、これはめでたい」

 おじさんは話が上手だった。私たちによくお話しを聞かせてくれた。まるで見ていたように話すので、私たちはすっかり引き込まれたものだ。

 河童と相撲を取ったのは、北山町の仁さんだ。山の神社の境内の相撲大会で、仁さんは八番抜きで優勝して長身の米俵を貰うが、貰おうとした時に、いきなり河童が飛び込んできて、
「優勝はまだ決まっとらん」
 と、言うんだ。
 えー!? おー、それじゃあと、仁さんが河童と相撲を取って、逆にカッパの尻子玉を抜いちまった。

「しりこだまってなーに?」
 悦子がおじさんに聞いた。
「尻子玉、知らんのかあ。人間の体の中で、いちばん大事な大事な物なんだよ。泳いでいる時に河童が水の底からスーッと……」
 昔の話か最近の話か、作り話かほんとうにあった話か、よく分からなかった。

 夏祭りの夜、おじさんは怖い話をした。

 昔はこの川にも何十石という大船が走ってた。大きな帆を張って、そういう船の威勢というものは荒倉山が突っ走るみたいな、大したものだったんだ。

 だけどもね、年に二度、裏盆の晩と大晦日の真夜中だけは川の主の祟りがあるから船を出しちゃならんという戒めがあった。

 ところが元さんっていう若い船頭、これはおじさんの遠縁なんで、直接聞いた話なんだが、元さんのところへ造り酒屋の主人がやってきた。大晦日だった。

「大晦日はいけねえんですよ。大晦日と裏盆は。昔からの決め事で」
 元さんが断ると、主人は、
「そこをこうして頭を下げてお願いしているんだが。どうしても初荷を出さなきゃならい。こりゃ、商人(あきんど)の意地というようなもんだ」
 と、一歩も引かない。
「信濃屋さんには父親が世話になったってことですから、お断りができない義理があることは知ってるんですが……」
「いやぁ、恩に着せるつもりは私にはないんだ。しかし、元さん。あんたほど威勢のいい船頭さんは見つからないんでねぇ。あんたなら迷信なんか屁も引っ掛けないんじゃないかと」
「迷信じゃねえんです」
「文明開花の世の中だ。一丁威勢のいいとこを見せておくれ。礼はする。普通の倍だそう。いや、三倍でもいい」

 金はいくらでも積むっていうんで、とうとう引き受けさせられっちまった。元さんは腕っぷしの強い男を集めて、大晦日の真夜中に船を漕ぎ出した。船は川を滑るように走っていった。

 しばらくすると、低音で緩慢な歌声が聞こえてきて、前方の暗闇の中から、元さんの船と同じ大きさの船が現れた。

「お船頭、あの船がこっちに向かって来るんだぞ! 乘っかける気か、あれは!」
 男のひとりが、焦り声で言った。
「構うことはねえ」
 元さんは腰を上げてその船を睨みつけて言った。
「なんだって!?」
 違う男が驚いた顔で元さんを見た。

「帆をいっぱい掲げー! あの船、乗っきれー!」
 元さんは臆することなく、力強く叫んだ。
 男たちは「おー!」と、一斉に声をあげて帆を掲げ出した。

 向かって来る船には、元さんと男たちの鏡映しの姿が見えた。
 男たちが慌て出した。
「乗っきれえー! 乗っきれえー!」
 元さんがまた力強く叫んだ。

 そして、その船が元さんの船を透けるように通りだすと、男たちは鏡映しの自分たちに怯え、通り過ぎると目で追ったが、船の姿はもうなかった。

 男たちは胸を撫で下ろすと、口々に話し出した。
「あれはやっぱり川の魔物だったんだ」
「大晦日に船、出したからよぉ」
「そっくりおんなじだったよなぁ。おい、おめえもいたぞ」
「ああ、おめえもな。おらたちをたぶらかして舵を切らせようとしたんだ」
「慌てて舵取らせて船を沈めようとしたに違えねぇ」
「ご船頭の肝が座っていたから、無事に乗り切れたんだ」
 元さんは、腕を組み前方を見据えていた。

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