
悦子はバッグの中から財布を取り出し、小銭を全部テーブルに置いて数え出すと「ここまでは飲めるわ。これは、電車賃」と、言って、テーブルに小銭を分けて並べた。
店主がお湯割り焼酎を出すと悦子はひと口飲み、箸置きに袴を履いた割り箸と突き出しがテーブルに置かれると、悦子は店主に会釈をした。
一杯目を飲み終え、テーブルに並べた小銭から100円玉4枚を移動していると、悦子の様子をじっと見ていた女がグラスとバッグを持って席を立ち、悦子の所に来て、声をかけてきた。
「おひとり?」
「ええ」
「お隣で飲んでもいい?」
「ご自由に」
悦子が頷いて言うと、女は隣に座り、悦子は俯き加減になった。
「女がひとりで飲むのって、とっても嬉しいか、とっても悲しいかのどっちかじゃない。あなたは嬉しそうねぇ」
「そう見えます?」
「お金並べちゃってさぁ。陽気なお酒よ」
「これしか無いから飲み過ぎないようにしてるんです」
「あら、じゃあ私の飲んで。おじさん(店主)、私のボトルここに置いてよ」
「あいよ」
「あ、いえ、そんな」
悦子は戸惑った。
「いいのよ、事情がありそうね。困ってるの?……ごめんなさい。差し出がましくて。お湯割りだったわね」
女は聞くのをやめて、悦子の焼酎を作り出すと、悦子は会釈をして話しだした。
「父が倒れて、好きでやっていたお店が人手に渡って、それでも父の借金が溜まっているものですから……」
「大変なのね。私も父が大病したことあるから、分かるわ」
「それで私、就職しなければいけないんですけど、仕事って、今なかなか無いんですね」
「こういう時代だとね。でも待って。どんな時代でも面倒見のいい人はいるものよ。私の親しい人にはね、人が困っていると黙っていられない女性がいるわ。あなたお名前は?」
「津野木悦子です」
「津野木さんね。私は川本初江といいます。血液型は?」
「どうして血液型を聞くんですか?」
「性格判断には手っ取り早いわ」
「O型です」
「私もOよ。気が合いそう。その人、紹介するわよ。ちょっと遠い所に住んでいるんだけど、行ってみる?」
「だって、見ず知らずの方にそんなことお願いできるんですか?」
「私の古い知り合いだから、私が頼めばね。山崎っていうのその人。電話で都合聞いておくから、明日の午後4時、この店の前で会いましょ。来られる?」
「ええ、それはもう」
「決まりね。私は明日の午前中にその山崎さんに電話します。で、午後4時。それじゃあ、私は行くわ。おじさん」
「あいよ」
「お勘定。この人の分もね」
「あ、だめですそれ。困ります」
「いいのよ。これはしまっておきなさいね」
初江は悦子に小銭をしまうように言った。
悦子は帰宅すると、ベッドの上で体を起こしている父親に初江のことを話した。
「変な話。私、揶揄われているのかしら?」
「その人は酔っていたのかい?」
「そうは見えなかったけど。飲み屋さんでの会話だからねぇ」
「渡る世間に鬼はなしというよ」
「でもねぇ……」
「いい人っているもんだよ。ありがたいことじゃないかぁ」
「なんだか変じゃなーい? 話がうますぎなーい?」
「しかし、悦子を騙して、得になることがあるんだろうか」
「そうなのよねー」
翌日、悦子は約束の時間にお店の前で待っていると初江は現れなかった。ため息をつき、腕時計を見て、やっぱり揶揄われたのかと、帰ろうとすると、
「津野木さん」
と、後ろから呼ぶ声がして、振り向くと初江だった。
「あ、どうも。来てくださったのね」
悦子が会釈をすると、初江も会釈をした。
「約束でしょ。山崎さんは会ってくれるって。私が一緒に行ければいいんだけど、仕事があるの。それにひとりで行った方が、しっかりした女の人って印象になっていいと思うわ。紹介状、書いといたわ」
初江はそう言うと、バッグの中から封筒を取り出し「これを渡して」と、悦子に封筒を渡した。
「大丈夫よ、しっかり書いておいたから。すぐそこの坂町から水上バスが出てるでしょ。あれに乗って水口まで行って。そこから山崎さんちまでは、この地図を見て」
初江は四つ折りにした紙も渡した。
「どうもすみません」
悦子は受け取った紙を開いて地図を見だした。
「山崎さんの都合のいい時間は7時よ。今日の午後7時。行けるわね」
初江が念を押した。
「もちろん伺います。どうもありがとうございました」
悦子は初江にお礼を言った。



















