
船は無事に荷上げを済ませ、元さんは面目を施した。元さんは三が日を陸(おか)で過ごしてから、また船を出し、川を遡って帰った。
途中に篠崎っていうところがあって、ここの寺の坊さんは名僧という評判。元さんも一度、この坊さんの法話を聞きたいと思っていたから、ひとりで陸に上がった。
元さんが河原を歩いていると、祠の後ろから男がぴょんと跳ねて現れた。驚いた元さんは立ち止まりその男を凝視すると男は話しかけてきた。
「ご船頭、どこへ行くんだい」
「篠崎の和尚さんの法話をちょっくら聞いてこようと思ってよ」
「そりゃ、ありがてえ。おら、篠崎の薮ん中の道端で人と会う約束をしてんだ。なーに、手紙一本渡すだけの用事でよ。おまえさんが頼まれてくれれば、丸一日せんで帰れるんだ」
「お安いご用だ。竹藪なら寺から一跨ぎのところだ。届けてやるよ」

元さんは見ず知らずの男から手紙を預かって、篠崎へ道を急いだ。先に藪へ行くつもりだったが、山門の前を通りがかって覗いてみると、本堂の方はしんとして、もう法話がはじまっているようだった。折角来たのに聞き逃してはつまらないと思って元さんは中に入った。
案の定、本堂の中は既に聴聞の人でいっぱいで法話がはじまっていた。元さんが本堂の廊下に正座をすると、内陣に座り、話をしている和尚は元さんを見るなり顔を強張らせ、法話を中断して右手に持っていた朱扇をさっと元さんに向けると、朱扇で手招きをした。元さんは和尚の前に行き、正座をして和尚の顔を見た。
「おまえ、何か変わった事に遭わなかったか」
「変わった事ってこともねぇんですが、ここに来る途中、知らない男に手紙を預かりました。ただそれだけのことで」
「うん、それを見せてご覧」
和尚は元さんが袖の中から取り出した手紙を受け取ると、手紙を開き一読した。
「おまえ、字が読めるかの」
和尚が聞くと、元さんは首を振った。
「そうか、よし、よしよし」
和尚は燭台の蝋燭の火で手紙を燃やしてしまい、巻紙を手にすると筆で何か書きだし、
「これを持って行きなさい。黙ってわしの言うことを聞いてな」
と、言った。
法話が終わり、元さんが薮の中の小道を進んでいくと、道端にしゃがみ込んで、山りんごを食べている男が見えた。
あの男だな。元さんは袖の中から和尚の手紙を取り出し、男に近づき黙って手紙を差し出した。男は食べかけの山りんごを藪の中へ放り捨て、手紙を受け取り一読するや否や、ぴょんと跳ねて元さんに背を向けて小道に出ると、ぎょっとした顔で元さんを一瞥した。
そして、男は猿のように俊敏な動きで、小道を素早く跳ねながら、右の草むらで何かを話たかと思えば、今度は素早く左の草むらに移り何かを話、また右の草むらに素早く移り何かを話、そうして小道の奥へ走り去って行った。
元さんは、その様子を目をぱちくりさせて見ていた。何が何だか分からないので、もう一度、寺の和尚を訪ねた。
和尚は元さんに事の次第を話した。
「さっき、おまえがこの寺に入って来た時、わしはおまえの顔に死相が浮かんでいるのに気がついた。あの手紙に何が書いてあったと思う」
内陣に座る和尚が尋ねると、本堂の廊下で正座をしていた元さんは首を傾げるだけだった。
「“川の仲間にゃ手に負えぬ 陸(おか)の仲間が殺ってくれ”。こう書いてあった。おまえは川の魔物の恨みをかったようじゃの。ところが、おまえの運が強いので、彼らは諦めて陸の魔物に頼んだというわけじゃ」
「和尚様はあの手紙にどう手を入れなすったのです」
「わしはこう書いた。“川の仲間の大恩人 陸の仲間は手を出すな” とな」



















