見猿・聞か猿・言わ猿

 猛暑の正午前、電気設備安全点検で電力会社の30代に見える男性担当者の訪問があった。この暑さだ、担当者はファン付き作業着を着ていた。

 点検箇所は室内ブレーカーと家周りの電気配線。まずはブレーカーの点検で、うちに上がってもらった。作業着のファンの音が猛烈に鳴っているのが響く。

 ブレーカーはキッチンの横上の壁に設置しているので、玄関ホールのキッチン側の扉を開けて、わたしが先に入り、後に担当者に入ってもらうと、担当者は持っていたアルミ梯子を、扉を入った横に置いてあった笛吹きケトルにぶつけてしまい、ケトルが床に転がり、笛吹き部分を折ってしまった。

 「申し訳ありません。弁償します」と、担当者は何度も謝ってきた。しかし、普段ケトルで湯を沸かすことはなく、魔法瓶と斑の給水気に水を入れる時に使っていたので、ムカッもカチンもなく、「いや、気にしないでください」と、宥めた。

 担当者がブレーカーの点検を終えると、漏電防止遮断機が10年使用しているので、出来れば交換したほうがいいことを告げ、家周りの電気配線を点検して作業を終了すると、帰り際にもまた、「(ケトル)弁償します」と、言ってきたので、「気にしないで大丈夫だから」と、言って、お帰りいただいた。

 ところが、30分後、インターホンのチャイムが鳴り、モニターを確認すると、先ほどの担当者が映った。

 なんだろ? と、玄関を開けると、担当者は、
「先ほどはすみませんでした。これどうぞ」
 と、新品の笛吹きケトルが入った箱を差し出したのだ。
「え! 気にしないでいいって言ったのに」
「いえ、そういうわけには・・・どうぞ」
「んー、じゃぁありがたくいただきますね」
 わたしは担当者からケトルの箱を受け取った。
「ところで、これ自腹?」
「はい」
「そう、そこまですることないのに。ありがとね。この暑さだから、体調には気をつけてください」
「はい、失礼します」

 なんて清々しい人たっだんだろ。わたしは一言お礼をしたくなり、いや、しなければいけないだろと、担当者がくれた名刺の会社に電話をして、担当者の上長に一言お礼を言おうとした・・・が、やめた。

 例えば、わたしがお礼の電話をして、上長が、「ご迷惑をおかけしました。担当者には汐見様からお礼の電話があったことを伝えておきます」ならいいのだが、反対に、担当者が帰社したら、上長が、「なにしてるんだ! 高級品だったらどうするんだ!」と、叱ることも考えられる。

 また、担当者もわざわざ新品の笛吹きケトルを自腹を切って買ってきたのは、「会社には言わないでね」という含みがあったのかもしれない。

 こちらが善かれと取った行動が愚行になることもある。ありがた迷惑という言葉もある。「汐見ぃ〜、会社にちくりやがって」と、逆恨みされたら怖い怖い。

 ここは、「見猿・聞か猿・言わ猿」に徹するのが無難だ。

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