ビビったけど、意外と冷静だった話

 短大時代、日中の校内で同じ学科の友人に、わたしの車で俺んちに寄ってから、違う学科の同期宅まで行って欲しいと頼まれたことがあった。理由を聞くと、急ぎ渡す物があると言った。

 友人は短大近くの平屋住宅を借りていた。行ってやるか。同期宅の場所を聞くと、短大最寄駅近くの歓楽街、それもキャバクラ(当時はキャバレー)の裏のアパートだというのだ。なんでそんな騒々しいところ借りたんだ?

 友人を助手席に乗せると、
「私も行きたーい」
 という女子も後部座席に乗せて、友人宅に寄ってから同期宅に向かった。

 歓楽街のキャバクラ近くになると、友人は、
「そこのアパート」
 と、言って、右前方を指差したので、わたしは車を徐行しながら程よい場所に停車した。
 すると、友人は、
「ここは止めない方がいいぞ」
 と、言うのだ。
 わたしが、
「どうして?」
 と、聞くと、友人は左側の建物を見ながら、
「ヤクザの事務所」
 と、言うと、さっさと車を降りて同期宅アパートに行ってしまった。

 わたしは、ヤクザの事務所? と、半信半疑でその建物を見ると、鉄板でできた扉には『六代目極悪会系夜露死苦一家1』と書かれていた。
∑( ̄ロ ̄;)!

 まずい、正真正銘のヤクザの事務所正面に車を横付けしてしまったのか。これじゃあ、カチコミ2だ。慌てて車を10m以上はバックして停車し、友人が戻ってくるのを待つことにしたが、時すでに遅し監視カメラのレンズがこっちを視てる。

 嫌〜な予感がしていると案の定、事務所の扉が開き、お出ましになりました、黒や派手なシャツ着た若い衆が3人。彼らは威嚇するように周りを見渡すと、わたしの車の方を向いて何か話し出した。

 すると、またひとり、グレーのジャージ姿に雪駄履き、小柄で中肉中背、五分刈り丸顔の中堅らしき男が事務所からお出ましになり、若い衆に話しかけた後、わたしの車を見るなり、こちらに歩き出したのだ。

 くんなよ💨
 後ろに乗っていた女子は、
「怖い」
 と、言って、運転席の背もたれにしがみ付き、顔を伏せて身をすくめてしまった。

 んー、兎に角謝ろう。謝るしかない。わたしは運転席側のドアウィンドウを全開にして男が来るのを待った。この時のわたしは意外と冷静で、心臓バックンバックンとか、冷や汗をかくような動揺をすることはなかった。

 男はわたしの車に着くなり、全開したドアウィンドウのモールに両腕を組むようにして置き、前かがみの姿勢で顔を近づけてきて不敵な笑みを浮かべながら、
「いい車、乗ってるねぇ」
 と、話しかけてきた。
 わたしはキャッチボールはせずに平静に、
「申し訳ありませんでした。事務所の前とは気が付きませんでした」
 と、謝ると、男もキャッチボールはせずに、後ろで身をすくめたままの女子に目をやった。
「可愛い子、乗せちゃって」
 女子は顔を伏せたまま無言。
 わたしが再度、平静に、
「申し訳ありませんでした」
 と、謝ると、男はわたしに目を戻し、しばらくわたしを睨むでもなくジーっと見ていると、そのうちドアウィンドウのモールから両腕を離して体を起こし、何も言わずに車から立ち去り、事務所の前でこちらの様子を見ていた若い衆に右腕を上げて、手を左右に振りながら、
「違う、違う」
 と、言って、皆の衆は事務所にお入りになりました。

 ふぅ〜、どっと汗が噴き出ることもなかったが、女子は泣き出していた。そして、友人が戻ってきて短大に車を走らせながら、友人に今あったことを話すと、しれっと、
「おう、それは大変だったな」
 と、返すだけだった。
 なんで停車する前に言わないんだ、ばーろー。

余談

 友人は短大で中学校教諭の音楽教員免許(二種)を取得したが、卒業後は他の短大に2年生から編入して、小学校教諭の教員免許(二種)を取得した。在学中の友人は、編入した短大近くのアパートに引っ越していて、わたしは友人宅に一度だけ遊びに行ったことがあった。

 そして、編入した短大の話をしていると、友人は高校教師を辞めて小学校教員免許取得で一緒に授業を受けている先生もいると言った。

 そう言えば、風の便りでわたしが高1の時の担任も高校教師を辞めたって聞いたなぁ。友人にその先生の名前を聞いてみた。すると、まさしく高1の時の担任だったのだ。
「その先生、おれが高1の時の担任だよ」
 と、言うと、友人は、
「そうなのか!」
 と、驚いていた。

 人と人との出会いは不思議だ。自分の知らないところで誰かと繋がるものだ。
 友人は小学校教諭〜校長を経て、現在は高校の校長を務めている。

  1. 名称はフィクションです。実在しません。 ↩︎
  2. 「殴り込み」のこと。ヤクザなどの組織が敵対する相手の事務所などに乗り込むことを指す物騒な言葉 ↩︎
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