【備忘録】車の話

 わたしは音楽短大1年の7月に普通自動車一種免許を取得すると、すぐに中古車1を購入した。そして、社会人になると中古車2、新車3と買い替えたが、29歳の時、あれ? 車必要?? と思ったのだ。

 確かに短大時代は通学、所用、友人らとのドライブや旅行等で、車は相棒だった。当時、女子が9割強だったので、自ずと短大の最寄駅までアッシーくんをやらされたこともあった。

 5人乗り乗用車なのに、助手席にひとり、後部座席に4人乗せて送ったこともあり、更に女子6人が、
「送ってってー」
 と、定員オーバーなんてお構いなしでお願いしてきたこともあった。
 わたしがトランクを開けて、
「ひとりトランクに入れ」
 と、言うと、女子たちは、
「それは嫌💨」
「あぶないでしょ💦」
「えー😱」
 と、口々に返してきて、ひとりの女子が、
「助手席にふたり乗れるんじゃない?」
 と、言いだしたかと思えば、小柄の女子がさっさと助手席に乗り込むとダッシュボードの下に後ろ向きで下半身を潜り込ませ、もうひとりの女子が助手席に座ると、小柄の女子は助手席の女子に、だっこされるような感じで上体を乗せていた。うまく収まるものだと、車の外からその様子を見ている間に他の4人も後部座席に乗ってるし。送ってあげたけど、乗る方も乗る方だが、送る方も送る方だ。昭和だなぁ。

 短大2年の年末、長野県南信出身の後輩男子から、帰省するのに車を貸して欲しいとお願いされたことがあった。後輩には同郷の同期が3人いて、4人で帰省するなら電車より車の方が交通費(ガソリン代+高速道路料金)が安いと踏んだようだ。

 しかし、わたしの車は、ロータリーエンジン(13B型 RE)のルーチェだった。マークIIとクラウン、セドリック/グロリアの中間層の車だったので、乗り心地はよく、REなので加速と静粛性もよかったが、燃費は最悪だった。

 市街地で5km/L、高速でもあまり伸びず6〜7km/L。市街地で大渋滞にはまった時は、2.4km/Lを記録したこともあり、燃費だけはアメ車だった。

 後輩が、燃費をリッター何キロに想定して、ガソリン1Lをいくらに設定して、ガソリン代の計算をしたのかは知らないが、わたしは冬休みに車を使う予定がなかったので、
「貸すのはいいけど、燃費悪いぞ。リッター5だぞ、5」
 と、念を押すように言うと、後輩は、
「構いません」
 と、借りる気満々で答えたので、冬休み直前にガソリン満タンで車を貸してあげた。

 そして、年が明けて車を返してもらう時、後輩は、
「ありがとうございました。ガソリン満タンにしておきました」
 と、言って、わたしに車のキーを返し、わたしが、
「燃費悪かったろ」
 と、聞くと、後輩は沈んだ声になり、
「借りるんじゃなかった・・・」
 と、つぶやいたので、
「だから、燃費悪いって言ったじゃん」
 と、返すと、
「そこまで悪いとは思いませんでした」
 と、後悔丸出しのしょっぱい顔をした。どうやら、電車で往復した方が安かったようだ。

 恐らく後輩は、燃費が悪いのはわたしの運転が荒いか、大袈裟に言っているだけと高を括ったのだろう。しかし、そうではなかったことが、自分で運転して分かったのだ。泣きっ面に蜂で渋滞にもはまったのかな。

 それにしても、燃費は少しでも改善させたかった。したがって、前輪205、後輪225のタイヤを全輪175に替えて、オイルもモービルワンに全取っ替えしたら、1km伸びましたよ。

 因みにわたしは車をシャコタンにしたり、マフラー・ホイール・ライトなどをカスタマイズするなんて論外で、内装も外装もチューニングしたりドレスアップすることに興味がない純正ノーマル派だった。205、225のタイヤは購入時のものをそのまま履いて走っていただけだ。

良くも悪くも思い出深い車だった

 4年間使って、ボディを擦ったり、ボコったり、事故ったり、フロントガラスに積もった雪をワイパーでどかそうとしたら、ワイパーヒューズが飛んでワイパーが動かなくなったり、真冬の冷たい雨が降る深夜のバイト先で、エンジントラブル(後日修理に出したら、ローターにひびが入ってた)があり、車に詳しい店長になんとかエンジンをかけてもらったり、左後輪がパンクしているのに気が付かず、信号待ちしていたら歩行者に「パンクしてるよ」と教えてもらったり、アクセルワイヤーが切れて発進できなくなったり、はじめて就職した会社の駐車場でバッテリーが上がってしまい、先輩・同僚たちに車を押してもらい、押しがけしたりなどなど、修理費トータルは購入金額を上回ったが、良くも悪くもいろいろ勉強させられた思い出深い車だった。


 社会人バブル期前夜、もうREはやめたと、2台目はレシプロエンジンのルーチェを購入した。市街地の燃費は8km/Lだったかな。まあ、燃費が気にならなくなったのは確かだった。

 そして、バブル期になるとバブルの熱狂に後押しされてか、次は新車だと3台目はV6-2000ターボのルーチェを購入した。

 ただ、社会人になってから通勤はバスと電車になり、車を使うのは土日祝の休日になっていた。出向先の社員有志らでドライブに旅行、部内野球、部内旅行などで車を使ったり、友人を乗せてドライブしたこともあったが、なんの目的もなくぶらっと車を転がすことはなく、20代半ばを過ぎると、休日は所用がない限り自宅でまったり過ごすことが多くなり、車はちょっとした用事、父や来訪者の送迎、母の買い物の時に使っていた。

 年に一度の墓参りや、会社の休暇を利用して盆暮に母の実家へ行く時も車を使っていたが、祖父が亡くなり祖母だけになり、従兄弟妹たちも皆成人になると親戚一同が集まらなくなり、盆暮に母の実家へ行くことがなくなった。

 また、自宅は一家に一台とかひとりに一台と、車がないと不便な地域でもなく、20代の頃の自宅周辺徒歩10分圏内には、ドラッグストア、中華料理店、日本蕎麦店、洋菓子店、銭湯、停留所、スナック2軒、接骨院、ガソリンスタンド、マツダ販売店、不動産屋2軒、コンビニ、寿司屋2軒、弁当屋、理髪店2軒、八百屋、肉屋、花屋、トンカツ屋、総合病院、内科医院があり、自宅から徒歩3分の停留所からJR市川駅までバスで10〜15分で行けたので、車を使うまでもなかった。

 つまり、インドア派のわたしの日常生活において、車の必要性が薄れていたのだ。そして、母は買い物には車の方が楽という理由だけだったので、29歳の時、
「車、手放したいんだけど。ガソリン代、駐車場代に車検、保険料、自動車税、ローンもあるし。買い物の往復はバスと電車またはタクシーでもいいよね。墓参りはレンタカー借りればいいでしょ」
 と、言うと、母は了承してくれた。

 ローン残高は70万円強あったが、ディーラーに車を持っていくと、残金チャラで車を引き取ってくれた。中古車屋へ持っていけば、もっと高値で売れたと思うが、ローン中の車の所有者はディーラーまたはローン会社なので仕方がない。

 車を手放してから、車があればいいなぁと思ったのは、雨の日の外出と手荷物が多い時くらいだったので後悔したことはなかった。

 以降、独身時代に車を運転したのは、30代前半に3年半勤めた会社の営業車を月に2〜3度、日帰り旅行で車の持ち主が遠出の運転は自信がないと、代わりに運転をした時、年に一度の墓参りにコンパクトカーを、二度の引っ越しで2tトラックをレンタルした時くらいだったので、ずーっとゴールド免許なのである。

  1. 3rdルーチェレガード4ドアHT(5速MT 1.3L 13B型ロータリーエンジン) ↩︎
  2. 3rd後期型ルーチェ4ドアHT(4速AT 2.0L レシプロエンジン) ↩︎
  3. 5th後期型ルーチェ4ドアHT(4速AT V6-2000ターボ リミテッド) ↩︎
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