なんで「赤いキャンディ」なんだろ?

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 先日、友人と「鳥春(市川店)」でサシ飲みをした。7年ぶりだったが、FacebookやLINEで繋がっているからだろう、そんなにも月日が経過しているようには感じなかった。

 先付けが出され、ビールで乾杯して、串6本と1品を注文した。7年も会ってないと話に事欠かない。お互いの近況報告ではじまり、食べ物を2品追加して、友人がボトルキープしていた焼酎をいただきながら、友人の仕事のことや皆成人した子供たちのこと、老後のことや資産や蓄え等々話題に尽きることはなかった。

 車の話では、
「そう言えば、Facebookに載せていたけど、レクサス買ったんだ」
 と聞くと、友人はスマホに保存している車の写真を見せながら、
「M田のようにLXは買えないよ」
 と、モデルはSUVのUXと教えてくれて、
「安かったよ」
 と、言った。わたしが、
「車体価格はいくらだったの?」
 と、聞くと、
「540」
「・・・どこが安いんだよ💨」
 友人のほっぺをつねりたくなった。

 キャッシュで購入したと言ったが、税金・登録費用・保険料など諸費用入れたら600万超えじゃないか。まあ、レクサス自体高級車だ。友人はレクサスの全モデルの中では安いことを言いたかったのだろう。聞いたわたしが悪い。

 ご子息の話には大笑いした。内容は省くが、「バカ息子」と言う割には父親愛を感じた。19時から飲んで気がつくと閉店となり、長っ尻のわたしたちが最後の客だった。


 2軒目はカラオケ「まねきねこ(市川北口店)」へ行った。飲食物持ち込み可がありがたい。コンビニで缶ビールと缶ハイボールとつまみを買って入店。利用時間は友人の強い希望から2時間にした。

 友人は家族で利用することもあるようだが、わたしは普段はカラオケスナックで歌っているので、カラオケボックスで歌うのは久しぶりだった。狭い密室にオヤジふたりで。

 交互に次から次へと歌った。過去に友人とカラオケやカラオケスナックに行った時は、友人は聖飢魔IIの 『蝋人形の館』を歌い、米米CLUBの『Shake Hip!』『Funk Fujiyama』を歌い、沢田研二の『TOKIO』を歌えば、間奏には両手を広げてヒラヒラと飛んでいるように見せ、アラジンの『完全無欠のロックンローラー』になると、もう本人になりきって歌っていた。

 この日は初っ端に 「お前も蝋人形にしてやろうか」と、『蝋人形の館』を歌ったが、他は昭和後期から平成、令和のアニソンが多く、わたしも多少はアニメを見るが、友人が歌うアニソンのアニメはどれもこれも観たことがなかったので、ちんぷんかんぷんの歌だった。


 わたしが柳ジョージ&レイニーウッドの『FENCEの向こうのアメリカ』を歌い、
♪潮風と赤いCANDY
 という歌詞の一節になると、友人が、
「なんで赤いキャンディなんだろうね」
 と、唐突に聞いてきた。

 そして、友人が歌った、同バンドの『青い瞳のステラ、1962年夏…』の出だしの一節にも、
♪赤いキャンディ 包んでくれたのは
 と、歌詞がある。

 高校時代から柳ジョージ&レイニーウッドの曲は聴いてきたが、気にすることはなかった。
 そもそもわたしは、歌詞から情景を思い描いたり、心情を察したり、意味を考えたりすることは無いに等しい。わたしの曲選びの第一基準は琴線に触れるメロディだ。バラードでもフォークでもロックでもポップでも演歌でも、ジャンルを問わずいい曲だなぁと思ったら、なんていう曲なんだろ、歌ってみたいなぁと、自分でも歌えそうな歌をカラオケで歌うのであって、歌詞がいいから歌いたいと思ったことは一度もない。同じ歌を何度も繰り返し聴いているうちにいい歌に感じてくることもあるが、それも歌詞ではなく曲だ。

 したがって、十八番おはこの歌詞も暗記してない。毎度毎度スクリーンの歌詞を見ながら、歌っている自分に酔いしれているだけなのだ。

 曲より歌詞重視で歌詞がいいからいい曲はより映え、そうでない曲もそれなりに映えるんだと言われる人たちは、カラオケの持ち歌全ての歌詞を暗記しているのだろうか。英語の歌を歌う人は歌詞を理解して歌っているのだろうか。

 閑話休題。

 なんで「赤いキャンディ」なんだろ? 考えてしまったが、酩酊していたので翌日に調べてみた。


 まず、2曲とも歌詞も作曲も柳ジョージではない。

FENCEの向こうのアメリカ

  • 作詞:トシ・スミカワ
    出身地横浜市。増田俊郎(ますだ としろう)は神奈川県横浜市出身のボーカリスト、ギタリスト、ソングライター、プロデューサー。作詞家としてトシ・スミカワの名前を使用する
  • 作曲:石井清登

青い瞳のステラ、1962年夏…

  • 作詞:水甫杜司(みずほとし)
    葛飾区出身、鎌倉市在住。知久悟司氏のペンネームで、柳ジョージのためだけに詞を提供した
  • 作曲:上綱克彦

 次に2曲とも実話らしいが、作詞者たちの実話なのか、それともモデルがあるのか、実話をもとに脚色しているのか、裏が取れてないので断定はできない。既に柳ジョージは他界しているので真相は分からないし、ふたりの作詞者はご健在だが、伝手がないので確認する気もない。

 2曲の共通点はどちらもアメリカが絡んでいることだ。

FENCEの向こうのアメリカ

 場所は旧本牧米軍基地。
♪AREA ONE の角を曲れば お袋のいた店(PX)があった

  • AREA ONE(エリアワン)
    米軍横浜海兵住宅地域(本牧キャンプ)
  • PX
    アメリカ軍の基地内に設置された、兵士やその家族向けのサービスを提供した売店 

青い瞳のステラ、1962年夏…

 ステラは、テネシー出身のアメリカ人女性。


考察:赤いCANDY

 『FENCEの向こうのアメリカ』の歌詞の一節に、
♪もう流れない 潮風と赤いCANDY
 と、ある。

 「もう流れない潮風」は、“昔感じた潮風も今はもう感じられなくなった” で説明がつく。しかし、「もう流れない──赤いCANDY」はどう説明すればいいのだろうか。

 そこで、『アメリカ占領期 赤いキャンディ』でネット検索したら目から鱗だった。「赤いCANDY」とは、日本人が使っていた「レッドパージ (red purge) 」の隠語だったのだ。

 詳細は割愛するが、レッドパージとはGHQの指示・示唆のもと、日本政府・企業が実施した赤狩りのこと。

 赤いキャンディの意味は、
“甘くて美味しいがすぐに無くなる。騙されるな”
 と言うこと。

 『FENCEの向こうのアメリカ』がリリースされたのは1979年。その頃になると少年時代過ごした地域も再開発・宅地化が進み、潮風を感じなくなり、レッドパージも疾うになくなったことを、
♪もう流れない 潮風と赤いCANDY
 と歌詞にしたのだ。そうでないとこの一節の説明がつかない。

 なお、本牧米軍基地は、1982年に日本に返還され、跡地はマンション街や公園などに再開発された。

考察:まとめ

『FENCEの向こうのアメリカ』の「赤いCANDY」

 レッドパージの “隠語”

『青い瞳のステラ、1962年夏…』の「赤いキャンディ」

 歌詞の冒頭に、
♪赤いキャンディ 包んでくれたのは 古い Newspaper
 とあるように、“少年はステラから古い新聞紙に包んだ赤いキャンディを貰った” になる。隠語ではない。

 よって、前者の「赤いCANDY」と後者の「赤いキャンディ」は、別物と考えていいだろう。因みに、占いでは「赤いキャンディ」は『大吉・勝負の時』を表す。

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