昨日はわたしの叔母の四十九日法要だった。車嫌いの妻も同伴だったので電車で前橋へ行ってきた。
往きの新幹線東京駅ホームの駅弁屋で、妻は安定のチキン弁当、わたしは牛すきと焼肉弁当を購入した。先週京都の時はうなぎ弁当にしたら妻に叱られたが、今回は叱られることはなかった。
ここ10年で、妻の両親・親戚を含め身内は13人も亡くなっている。全ての葬式・法事には出席していないが、僧侶のお経を聞いていると、同一宗教でも読経は違うものですね。女性の僧侶の時は歌うお経でしたよ。因みに「南無阿弥陀仏」は念仏、「南無妙法蓮華経」は題目という。
さて、法要と納骨が終わり、場所を変えて食事会になった。喪主(長男)の挨拶ではじまり、献杯になるわけだが、離れた席からグラスを合わせる音が聞こえた。わたしの周りの叔母たち、従兄弟らもグラスを合わせ、わたしにもグラスを向けてきたので、持ってたグラスを引っ込めた。
「あら、献杯しないの?」と、叔母たちに言われたが、子供の頃お世話になった叔母様たち。ちゃいまんがなとも言えず、会釈でごまかした。献杯は乾杯と異なりグラスを合わせない。
そもそも乾杯でグラスを合わせて音を立てる起こりは、古代ヨーロッパまで遡り、お酒には悪魔が宿っているのでそれを追い払うという考えから広まった。
また、中世ヨーロッパでは、群雄割拠するライバル国同士の食事会で毒は入っていませんよと、グラスを勢いよくぶつけ合い、中身を飛び散らせてお互いのグラスに入れていた。今の時代、宴会や飲み会で毒を盛った盛られたなんてないでしょ。グラスを合わせる必要はないのだ。
3月9日はわたしの母の祥月命日。12年前に亡くなった。亡くなる2年前の暮れに脳出血で倒れ、その後意識を戻すことはなく、一言わたしに「ありがとう」を伝えたかったのだろうか。
『3月9日→39→サンキュー』
母は長女で次女、三女、四女、長男、五女の6人弟妹だった。女5人が揃うと大阪人に劣らずそれはそれはかしましかった。法要は次女で、他は皆健在だ。母にとって、漸く話し相手の妹のひとりが来てくれたってところかな。



















