NHKスペシャル『映像記録 関東大震災 帝都壊滅の三日間(前編・後編)』を見た。震災当時のモノクロ映像が8Kの高精細カラー化にされると、モノクロでは不鮮明だった箇所も鮮明な映像になり、加えて60年も生きていると、100年前もそんなに遠くない過去の出来事に感じるものだ。
この気持ちは今回がはじめてではなかった。小学生の頃に見た第二次世界大戦の映像がそうだった。古めかしいモノクロ映像だったので、遠い昔に起こった戦争の記録としか思えなかった。ところが中学生の頃、同大戦のカラー映像を見た時の衝撃を覚えている。生々しく随分と身近な過去の戦争に感じたものだった。
懐古的・芸術的評価云々は置いといて、歴史考察の映像史料として往時の出来事をより正確に後世に伝えるのなら、モノクロよりカラーの方が人々の心を揺さぶり心に刺さることだろう。
さて、冒頭の番組では、芥川龍之介の手記「大正十二年九月一日の大震に際して」も紹介していた。
田端駅のそばの家に住んでいた芥川龍之介は焼け野原と化した東京を歩いて周った。変わり果てた東京を嘆きながらも、「煙草や梨をすすめ合つたり互に子供の守りをしたりする景色は殆ど至る処に見受けられたものである」「大勢の人人の中にいつにない親しさが湧いているのは兎に角美しい光景だった」などと手記に残している。
早速全文が読みたくなり、青空文庫からダウンロードして読んだ。すると伏せ字が5箇所もあったのだ。
手記「大正十二年九月一日の大震に際して」の伏せ字箇所
- その内に僕は大火の原因は○○○○○○○○さうだと云つた。すると菊池は眉を挙げながら、「嘘だよ、君」と一喝した。
- しかし次手にもう一度、何でも○○○○はボルシエヴイツキの手先ださうだと云つた。菊池は今度は眉を挙げると、「嘘さ、君、そんなことは」と叱りつけた。
- 再び僕の所見によれば、善良なる市民と云ふものはボルシエヴイツキと○○○○との陰謀の存在を信ずるものである。
- 夜に入りて発熱三十九度。時に○○○○○○○○あり。僕は頭重うして立つ能はず。
- 円月堂、僕の代りに徹宵警戒の任に当る。脇差を横たへ、木刀を提げたる状、彼自身宛然たる○○○○なり。
わたしは伏せ字が大嫌いだ。小学生の頃の国語の試験問題『文章の棒線部分のカッコ内に当てはまる言葉を書きなさい』を思い出してしまい、「どうよ」と、読解力を試されているようで不愉快なのだ。わたしは青空文庫が独自の判断で伏せ字にしたと思い、それならばと国立国会図書館デジタルコレクションで確認すると、1924年(大正13年)9月25日初版本も伏せ字だった。


なるほど、検閲で伏せ字にされたのか。でも、ご丁寧に文字数を合わせて伏せているようだったので、無い頭を絞り出して文脈の前後から推測してみた。
すると、a〜e共通で『不逞鮮人』、aは『──の放火だ』、dは『──暴動の噂』が当てはまりそうだ。文豪と言えども物書きとは奔放な人種だ。
因みに菊池とは作家の菊池寛のこと。文中、芥川は自らを善良なる市民であると述べ、『菊池寛はこの資格に乏しい。』と記している。また、善良なる市民はcであり、『もし万一信じられぬ場合は、少くとも信じてゐるらしい顔つきを装はねばならぬものである。』と述べ、『野蛮なる菊池寛は信じもしなければ信じる真似もしない。これは完全に善良なる市民の資格を放棄したと見るべきである。善良なる市民たると同時に勇敢なる自警団の一員たる僕は菊池の為に惜まざるを得ない。』と、記している。
ま、このふたりは、旧制第一高等学校以来の親友であり、同人誌『新思潮』(第3、4次)を共に立ち上げた文学仲間でもあるので、芥川は菊池のことをここまで謗ることができるのだろう。親友ならではのなせるわざだ。この手記を読んだ菊池は苦笑しながら芥川に「言い過ぎだよ、君、思想の違いだよ」とでも言ったのかな。

















