
煽り運転が問題視されだしたのは、東名高速夫婦死亡事故(2017年6月5日)以降で、その後は常磐道煽り運転事件(2019年8月10日)、直近では某警察署の怠慢も指摘されたオデッセイ煽り運転(2024年1月29日[同年7月11日容疑者逮捕])が周知のことかな。
わたしの年間運転頻度は低いが、煽り運転を目撃したことが一度もなければ、されたこともしたこともない。わたしの周りでも煽り運転に遭った話を聞いたことがない。テレビやネットで頻繁にニュースになるので、煽り運転が増えているように感じるが、実際は増えていないようだ。
煽り運転は決して許されざる蛮行であり心底憤りを感じる。イギリスでは、危険運転は自由刑(拘禁刑2〜14年)、罰金、運転免許剥奪(12ヶ月〜2年以上)の罰則が科せられる。ドイツでは一生涯運転免許剥奪を喰らった違反者もあった。日本の刑罰は甘々だ。
フィンランドの違反金はユニークだ。違反者の収入により罰金が変動するのだ。1999年、とある大富豪が25キロオーバーのスピード違反をした時の罰金は、なんと11万6千ユーロ(当時の日本円にして約1千5百万円)。大手通信会社の株の売却などで得られた収入が約18億円だったのでこのような罰金になった。
煽り運転をする輩の心理
さて、東名高速夫婦死亡事故で、ロードレイジ[Road Rage]“道路で暴れ狂う” という言葉が使われるようになったが、煽り運転が後を絶たない理由として以下の心理が挙げられるようだ。
- 急いでいる(そこのけそこのけお馬が通る)
- プライドが高い(自分が優り、相手が劣る)
- 楽しんでいる(病気[精神疾患])
※運転者が認知症だった、運転が下手くそすぎるは除く
急いでいる
待ち合わせ時間に間に合わないとか、目的地に1分1秒でも早く着きたいってことがある。
わたしも過去に市川での用事を済ませて帰ろうとした時、急に “大” を催したことがあった。まあ、自宅まで我慢できるだろと高を括っていたら、こう言う時に限ってやたらと赤信号に捕まることが多く、いつもは渋滞していない所で渋滞していたり、工事中で片側通行になっていたりと、自宅までまだ相当距離がある時点で堰が決壊しそうになったのだ。
もうダメと、運転に集中できず、心ここに在らずになったが、それでも身体中の筋力をケツメドに集めて運転し、コンビニのトイレに駆け込んだら、誰か入ってるぅ〜。『導火線に火が着きました』と、万事休すかと思ったら、トイレに入っていた人が出てきて、間一髪で助かったことがあった。
このような状況下でもわたしは決して煽り運転をしてでも帰宅しようなんて爪の先程度も思わなかった。まともな人間とはそういうものなのである。
プライドが高い
誰でも大なり小なり、プライド(誇り)を持っていると思う。
わたしの解釈になるが、プライドには『常に自分が優れていて正しく、相手が劣っていて間違っている』という感情も持ち合わせていると思っている。つまり、プライドが高ければ高い人ほど、相手に舐められたくない気持ちが強く、『相手に劣る』と分かっていても、『いや、自分の方が優っている』と、否定するのだ。自分が間違っていても、相手に迷惑をかけていても決して謝らない人っているでしょ。「ごめん」の一言も言えないほどプライドが高いのだ。
煽り運転をする輩もプライドが高いのだろう。自分に非があろうがなかろうが、相手に舐められたくない感情が、TPOに関係なく最優先されるのだ。そうなった一因として、10代までの家庭環境、人間関係、人格形成に何かしらの問題があったのでしょう。
プライド、自尊心、矜持の違い
プライド
プライドとは自分と比較する相手が存在し、そこには優劣が付き纏い、自分が相手より優れていると感じるとそれが誇りになること。周りから認められることも誇りになる。異常にプライドが高いと危険要素もあるので、唯我独尊はプライドに含まれるだろう。
自尊心
自尊心とは “ありのままの自分を愛している” と言う感情のことで、他人との優劣、正誤も認め、自分自身の生き様を誇ること。故に、「そんなプライドは捨てろ」とは言うが、「そんな自尊心は捨てろ」とは言わない。
矜恃
矜持とは経験や実績から得た、確かな自信・誇りのこと。プライド、自尊心とは異なる。ニュアンスでは「自負」が近いかな。
楽しんでいる
わたしはこれが一番タチが悪い心理だと思っている。なぜならば病気ですから。ストーカーや盗撮を繰り返す輩と同じだ。それ相応の施設に入所して治療すべきだと思っている。
最後に
もし、煽り運転に遭っても、あなた(煽られた方)が交通ルールを遵守して運転しているのであれば、“こちらも悪い” という考えだけは弾じてやめましょう。
ところで煽り運転をする輩は、煽り歩行もするのだろうか。

















