朝潮太郎逝く

 11月2日、4代目朝潮太郎氏が亡くなった。70代と思っていたら67歳だったことに驚いだ。

 朝潮は、近畿大学時代2年連続でアマチュア横綱になり、幕下付出しの初土俵で全勝優勝。幕下2場所、十両2場所で入幕を果たし、新入幕の場所9勝6敗、翌場所は10勝を上げ一躍有名になり、NHKの朝のニュースに生出演したことがあった。

 しかし、アナウンサーの質問に対し、いわゆるタメ口の横柄な態度だったので、「なんだこいつ」と思ったものだった。そして、親方にこっぴどく叱られたのか、それとも翌場所から3場所続けて負け越し、自身の姿勢を省みたのか、朝潮の態度が「ですます」調に変わったのも覚えてる。

 アメリカだったかパリだったか、招待された海外公演の映像がテレビで流れた時、美女たちに囲まれた千代の富士が映し出されていたが、その傍で男性たちに囲まれた朝潮が、
「ふん、向こうは女でこっちは男か」
 と、ぼやいたのには大笑いした。

 大関時代、角番(公傷1回は除く)は3回あったが陥落することは一度もなかった。

 幕内優勝は1回。優勝決定戦は3回(千代の富士2回、琴風1回)あり、いずれも優勝を逃している。

 千代の富士との2回目の優勝決定戦は悲惨だった。千秋楽結びの取組で千代の富士に勝てば優勝だったが敗れてしまい、加えて膝だか足首を痛めたのだ。よって、優勝決定戦の土俵ではびっこを引いて歩き、場内がどよめいているのがテレビで見ていても分かった。万事休す、優勝決定戦は勝負にならず千代の富士に呆気なく敗れた。千代の富士も後味の悪い優勝だったことだろう。

 因みにやんちゃな横綱と言われた朝青龍の親方は朝潮だった。おまけで言うと現役幕内力士の豊昇龍は朝青龍の甥っ子だ。朝青龍のふてぶてしさをちらほらと覗かせる豊昇龍、わたしは朝青龍ファンではなかったが、なぜか豊昇龍のファンだ。


 さて、朝潮の死因は小腸がんだった。

 し ょ う ち ょ う が ん !?

 小腸はがんにならないと思っていたが、欧米では年間10万人中6人未満、日本では男性2.61人、女性1.77人と希少ながんだった。

「オレのこと忘れるなよ」と、言いたかったのだろうか。

 7年間も大関の地位を守り、愛嬌もあり、印象に残る力士だった朝潮太郎氏。

 謹んで哀悼の意を表します

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