鰻蒲焼備忘録

 鰻蒲焼は「串打ち三年裂き八年焼きは一生」と言われるが、これは「桃栗三年柿八年」のもじりだそうだ。でも、鰻蒲焼ができるまでを考えると「裂き八年串打ち三年焼きは一生」になると思うが、前者の方が語呂がいいから並び替えたのだろう。

 いつの時代どこの何がしが言い出したのか、つまり起源は不明だが、関東流の蒸しの年数が落ちているので、関西流が起こりの格言なのかな。

 また、『東高円寺 小満津』ウェブサイトには「串うち3年、割き5年、焼き一生」と、割きが5年になっていたり、某うなぎ料理店のサイトには「1日50匹以上のうなぎをさばいてある程度うまくなるのに3年以上かかり…串打ち8年…」とあり、冒頭の串打ちと裂きの年数が逆になっているが、ま、鰻蒲焼は一朝一夕では上手く作れねえよということだろう。格言の起源をご存じの方はご教示ください。

 夏の「土用丑の日」は、ご存じ平賀源内が鰻屋に頼まれて「夏の土用の丑の日に鰻の蒲焼を食べると薬になる」と宣伝したのが始まりと言われている。今も昔も商売人の商魂はたくましい。

 北大路魯山人の鰻蒲焼評は辛辣だ。

『料理メモ』より
*うなぎ好きは食通の至ったものではない。うなぎやてんぷらの美味さは高の知れた美味さだ。これをやかましく喜ぶのは低級な食道楽だ。
*養殖のうなぎはまずくてくさい。
*うなぎをじかに焼く関西風と、関東風の蒸し焼きといずれがよいか。関西風はうまいが堅い。めいめい好きな方をやればいい、一得一失。
*所詮うなぎは飯の菜で酒の肴にはならない。

 などなど。
 しかし、『鰻の話』では、

 私の体験からいえば、うなぎを食うなら、毎日食っては倦きるので、三日に一ぺんぐらい食うのがよいだろう。美味の点からいって、養殖法がもっと進歩して、よいうなぎ、美味いうなぎで心楽しませて欲しいものである。

 と、3日に1度は食べるのがよいと促し、文末には、

 参考までに、うなぎ屋としての一流の店を挙げると、小満津(こまつ)や竹葉亭(ちくようてい)、大黒屋(だいこくや)などがある。

 と、お店まで紹介しているので、結構鰻蒲焼は好物だったのではないだろうか。

 なお、『魯山人の食卓 鰻の話』の初版は1935年(昭和10年)なので、小満津は現在の東高円寺のお店ではなく、京橋に店を構えていた頃であり天然鰻を使っていた。竹葉亭、大黒屋も天然鰻を使っていたのかな。したがって、魯山人は一流の店として挙げたのだと思う。魯山人は1959年(昭和34年)に亡くなっているので『料理メモ』も1950年代以前が初版だろう。

 過去に浅草だったら、『色川』『前川』『小柳』、成田だと、『名取亭』『駿河屋』『川豊』に何度か食べに行ったことがあるが、鰻は生き物だ。仕入れ時期により “かさ” も脂具合も味も変わる。1年を通じて何度も同じ店に通わないとそのお店の鰻蒲焼の総合評価はできないだろう。

 旧東海道の北品川本通り商店街に『うな泉』という鰻屋がある。30代前半の頃、週12度昼食でこのお店に通っていたことがあった。鰻重の松が2,000円前後、竹が1,400円、梅が900円だったか1,000円だった。竹以外の価格が曖昧なのは、当時『玉子屋』の仕出し弁当が350円、飲食店の定食が大凡600~800円の時代で、薄給のわたしには松は厳しく、梅はなんか物足りない。で、竹を注文していたのだ。そして、ひと月に何度も通うと、日によって鰻の大きさが変わるのが分かった。つまるところ仕入れた時の鰻の大きさで都度松竹梅を決めていたようだった。うな泉に行かない日は玉子屋の弁当だった😆

 この投稿前に食べログの『うな泉』を見たが、価格を見てびっくりだぁ。ここ数十年で鰻蒲焼の価格は高騰しましたなぁ。なので、最近は美味しい鰻蒲焼を食べても、支払の時にため息がもれる。

 安価でうな丼を食べたいのなら、神田西口商店街の『うな正(うなしょう)』かな。三河一色産だったか静岡産だったか、いずれにしても国産鰻を使用している。わたしが最後に行った時は、うな丼980円だったが現在は990円になったようだ。小ぶりだがワンビルで食べられる。物足りなかったら奮発してうな丼ダブルとか鰻重を頼めばいい。

 はじめて中国産を食べたのはもう何十年も前のことだろう。国産と比べ半値以下だったのでどんなものかとスーパーで買って食べたが、毒々しいタレに皮は食いちぎれないほど固く、肉はゴムみたいだった。確か2口3口食べて、食えたもんじゃねぇと流しに捨てたんだっけな。中国産は1cm幅に切ってうなぎまぶしにして食べるんだよって、誰かに教わったこともあったなぁ。

 それでも最近の中国産は旨くなったと思う。いやいやまだまだ国産には敵わないけどね。でも、国産でもがっかりするものもあるのは事実だ。金返せと言いたくなる。そもそも鰻自体は美味というほどの魚ではないだろう。その証拠に鰻蒲焼の評価はよく聞くが、白焼の話はまず聞かない。どんなに鰻が美味しい店でも蒲焼に軍配が上がるはずだ。鰻と言えば連想するのは蒲焼なのだ。そして、鰻蒲焼は焼き鳥と同じようにタレで決まるところが大きいんじゃないかな。

 中国産はフランス産の稚魚(シラスウナギ)を買って中国で育て日本で売られている。そういえば『色川』の主人がこんなことを言っていた。
「⚫︎⚫︎の鰻はフランス産ですよ。うちは違いますけどね」と。
 名前を聞けば誰でも知っている有名店だが、フランス産の稚魚を国内で養殖していることを言っていたのだろう。

 1970年代からシラスウナギの漁獲量が大幅に減ったが、鰻蒲焼の最安値はバブル時代だった。ニホンウナギは2013年に絶滅危惧種に指定された。それでも鰻を食べるのか! 食べるよ美味しいんだから😑

 江戸時代の鰻蒲焼は200〜300文だった。1文を円に換算すると25円とか32.5円もあれば10〜30円もあり乖離がある。これらは現在の物価指数と比較した場合、江戸時代の前期中期後期で変わるのだ。そこで手っ取り早く相撲の番付『十両』の給料(月額)で算出することにする。

『十両』とは、東西前頭15枚目までの幕下力士に毎月十両が支給されたので『幕下十両』と言われ、やがて幕下が取れて『十両』という番付になった。

 十両力士の給料は110万円。余談だがこの他に、

  • 賞与(ボーナス)
  • 本場所特別手当
  • 出張手当
  • 力士補助金
  • 力士報奨金
  • 懸賞金

 と、これらも加わるので、十両の最低年収は1,711万円になる。大企業の部長クラスの年収だ。役者で例えるなら、大部屋役者が漸く役をもらい個別部屋に移り、ギャラが大幅アップするのと同じなのだ。したがって、新十両力士は今後の活躍と期待を込めて、大相撲中継の合間に紹介されたりニュースにもなるのだ。十両力士を幕内に上がれないデブと侮るなかれ。

 なお、力士とは『幕内』『十両』『幕下』『三段目』『序二段』『序ノ口』すべてのお相撲さんを指し、関取とは『幕内』『十両』の力士を指す。

 閑話休題。

1文の円換算

江戸時代は4進法だった。

  • 1朱4枚=1分1枚
  • 1分4枚=1両1枚
  • 1両=4分=16朱=4,000文

十両の給料が110万円だから、

  • 1両=11万円
  • 1分=27,500円
  • 1朱=6,875円
  • 1文=27.5円

 という計算になる。

 よって、江戸時代の鰻蒲焼は200〜300文なので5,500円〜8,250円。
 は? 今より高いじゃん😳 でも当時は天然鰻だ。それを考えると安い。養殖が始まったのは1879年(明治12年)。

 江戸時代の日当は町人が300文、大工が400〜600文と言われているので、鰻蒲焼は今よりは庶民の懐に優しかったと思う。それに天然鰻だぜ。

 さて、日清食品ホールディングスのウェブサイトに『「プラントベースうなぎ」の開発に成功』のお知らせがあった。研究の背景、目的、研究の成果については文末のサイトをご覧ください。発売されたらどんなものか一度は食べてみたい。

 写真は妻が鮮魚店で買ってきた中国産鰻蒲焼。少しでも美味しくいただくための苦肉の策。タレは妻が醤油(溜まり醤油尚可)、みりん、料理酒、砂糖で作った。はいはい国産には敵わないけどね。

ごちそうさまでした。

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