市川市よかったなぁと思う時

 わたしは、市川市に半世紀住んだ後、習志野市に転居して8回目の春を迎える。「やっぱり市川市の方が住みやすい」とか「習志野市の水が合わない」というようなことはない。住めば都、郷に入らずんば郷に従えだ。

 しかし、還暦という峠が迫ってきたこの歳になると、日常のちょっとした行動でも億劫に感じることが多くなり、その中には箸にも棒にもかからないくだらないこともあるのだが、これから話すことはそんなことである。

 パソコンの普及と各種ソフトウェアの充実により、書類は手書きからWord・Excel・PowerPoint等で作成するようになり、1枚1枚せっせと書いていた年賀状もいつしかはがき作成ソフトで作成してプリントアウトするようになり、インターネットが普及しだすと、電文は手書きのFAX送信から電子メールになり、スケジュールはシステム手帳から管理ウェブアプリになり、メモさえもスマホのメモ作成アプリを使うようになり、つまるところ、文字は「書くもの」から、パソコンやタブレットPC・スマホで「入力するもの」になった昨今、わたしの直筆は受領や承認、クレジットカードで買い物をした時のサインくらいになった。

 したがって、わたしにとって、名前以上の文字列を書くことは、ブランクのあるスポーツ選手がトレーニングもウォーミングアップもしないまま突然試合に臨むようなものなのだ。

 申請用紙やお申し込み用紙にまず氏名を書き、次に『千葉県習志野市…』と住所を書いていると『志』の『士』を書いているあたりから、「あ~かったるい」と、息切れしてしまうのだ。

 そんな時、市川市だったら…
⦁ 市川:5+3(8画)
⦁ 習志野:11+7+11(29画)
『習』を書いている最中に『市川』は書き終わる。

 よって、わたしは住所を書く時だけは、「市川市よかったなぁ」と、思うのである。

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