
GW中の島根旅行計画が流産したことを投稿「幻の島根旅行」したが、ガイドブックを3冊買い、観光先をピックアップし、宿泊ポイントを決め、往復の鉄道・飛行機の時刻まで調べて行程表まで作ると、インドア派のわたしでも、「やっぱり、GWは自宅でのんびりしていよう」と、180度方向転換する気持ちにはなれなかった。
そして、しばらく実家の墓参りに行っていなかったので、5月3、4日の1泊2日を使い、妻と冨士霊園〜修善寺〜浄蓮の滝〜下田宿泊〜シャボテン動物公園〜小田原城をマイカーで巡ってきた。
さて、タイトルについてだが、結論から申すと、こんな酷い旅館ははじめて経験した。
島根旅行計画と同じように宿泊先を探すのに苦労し、熱海、伊東、修善寺周辺では当然見つかるはずもなく、下田は遠いと反対する妻を説得し、ネットで下田周辺の宿泊施設を調べたら、1軒の旅館が見つかり、そこを予約したのである。料金は食事なしだったが、ふたりで1泊17,000円ちょっとだった。
予約後に旅館のホームページを見ると、創業130年余の歴史を謳う老舗で、館内・室内・料理の写真は素晴らしく、これはひょっとしたら知る人ぞ知る隠れた名旅館なのではないかと期待し、食事付き予約ができなかったことが残念でならなかった。
旅行初日、浄蓮の滝を観光した後に天城越え(新道)をして下田の旅館に到着したのが16時半だった。
竹やぶに囲われた旅館正門から玄関までの石畳は老舗旅館を感じさせ、2間半はあるガラスの引き戸の玄関扉を年配の従業員が開けてくれて中に入ると、そこは明治時代にタイムスリップしたような懐古的な趣がある広い玄関フロアで、わたしは思わず「うわぁーすごい!」と、口にしたくらいだった。
ところが、フロントでチェックインを済ませ、先ほどの従業員に部屋まで案内される途中、太平洋戦争中は防空壕として使われたという、白壁に覆われた全長70mの核シェルターのような長いドーム型トンネル通路を抜けると、そこは玄関フロアの趣とは豹変して、わたしの小中時代の修学旅行で泊まった昭和の旅館を連想させる、人間で例えるなら【年寄りの冷や水】旅館に装いを変えていたのである。
建物全体が古臭く、歩くと廊下は軋むし、中庭の池は手入れがされてなく、池の周りは草ボーボーで、池一面が緑色と茶色が混ざった藻みたいなもので覆われていて、こりゃヘドロだよヘドロ。
案内された部屋は8畳の和室で、既に布団が敷かれているし、トイレは和式で狭く、水洗タンクは天井に設置され、そこから垂らされた鎖を下に引っ張って水を流す、ど昭和型水洗トイレ・・・いや、廁(かわや)という名のほうがよっぽどお似合いの便所。内風呂は1畳程で、床も浴槽もタイル貼りで施され、浴槽は半畳の扇形で、カプセルホテルのシャワールームのほうが遥かにマシだ。何から何まで古臭く且つ清掃が行き届いてないく薄汚く感じた。
それでも旅の疲れもあり、わたしたちは部屋で一服していると、妻が、
「女将の態度、あれはなんや。お客様をおもてなしする気持ちが感じられない」
と、言い出した。
わたしたちが玄関を入ったとき、女将はフロントとは離れた左側隅の椅子に腰掛けたままわたしたちに「いらっしゃいませ」と、言ったのを覚えている。そして、わたしたちの荷物を受け取ることもしないで、椅子に座りっぱなしだったのを思い出した。
わたしは、玄関フロア天井の装飾や色彩豊かな空間に見惚れていたので、女将の態度には無関心になっていたが、そうだよなぁ、普通だったらお客様の荷物を受け取り、フロントまで運ぶよなぁと思った。長年サービス業界に勤めている妻のチェックは手厳しくもあり、確かなものだった。
さて、一服すると部屋の設備を確認した。しかし、テレビは置き場に困り、取り敢えずここに置きましたというところに設置されていて、テーブルが邪魔をしてよく見えないし、電源コンセントは1箇所で、そこからテレビ、冷蔵庫、エアコンの電源コードが破廉恥に延びていて、一番驚いたことは電話が設置されていなかったのである。
妻に電話がない旅館なんてあるのか?と聞き、予約を入れたときの室内設置を確認すると、
- バス(シャワー付き)
- トイレ完備
- インターネット利用可
- 電話完備
- テレビ完備
- 冷蔵庫完備
- エアコン完備
と、なっていたのだが、シャワーは付いてないし、インターネットは使えないし、電話がないじゃん!ここまで予約内容と異なるのは酷すぎる。わたしはフロントへクレームを入れに行った。
フロントには番頭さんらしき物腰の柔らかい背広姿の年配の男性がいたので、予約内訳を告げて、これは如何なものかな?と問い正すと、シャワーは全室備え付けていないと言われ、インターネットは、「これで繋がります」と、フロントの横においてある白い犬のWiFiルーターを指差した。
シャワーは全室ないのであれば、百歩譲って勘弁してやろう。WiFiルーターはフロントだけでなく、館内の所々に設置しているようなので、後ほど繋がるか確認してやろう。
しかし、電話がないのは譲れなかった。部屋からフロントに連絡ができないではないか。
番頭さんの口からは、
「前に泊まったお客様が壊してしまったんです」。
は???
「それは、そちらの都合を言っていますよね。電話が壊れて設置できてないことと、こちらと何か関係がありますか?」
と、反論すると、番頭さんは、
「すぐに部屋を変えさせていただきます」
と、詫てきた。
番頭さんと部屋に戻り、荷物を持って妻と部屋を出て、旅館の更に奥の2階へと向かったのだが、足の半分しか乗らない急な階段は、廊下同様に上る脚を踏み込むたびに軋む音がして、案内された8畳和室部屋のドアーを開けると、もわっとカビくさい臭いが襲ってきて、入口廊下と室内を遮断する襖は当て木がされていたのである。
つまり、部屋全体が傾いていたのである。いや、旅館全体が傾いているのだろう。イカレポンチか、この旅館は!
室内はカビ臭さはなかったので、早速、室内設備をチェックした。電話ある、冷蔵庫ある、テレビある、エアコンある、インターネット接続できる。因みにわたしたちは冷蔵庫に常備された飲み物は飲まなかったが、口コミでは、賞味期限切れのビール、ジュースを飲んでしまった宿泊客もいるようだ。
トイレは洋式だったが、先の部屋と同じで大人がやっとこさ入れるくらいのスペースだった。見た目より意外にちっちゃいわたしは、なんとかトイレの扉は閉めて用を足すことができたが、見た目通りそのまんま大っきい妻は、扉を閉めると最後の仕上げがしづらかったらしく、扉は開けっ放しで、
「覗いたらあかんでー」
と、用を足していた。
内風呂も先の部屋とレイアウトが同じだったが、内風呂は入らないから気にもしなかった。
備え付けの洋箪笥の扉を全開にすると、部屋が傾いているので扉から手を離すと、キ・キィ〜と音をさせながらゆっくり閉じる半自動式。
仕切り直しで妻と一服していると、1匹の蚊が顔の前をぷーん。わたしも妻も呆れ果て、この旅館を出て他の宿泊先を探すことが脳裏に浮かんだが、何分GW中。見つけるのは至難の業、野宿するよりはマシだろうと諦めた。
女将から、「外出する場合、21時半までにお戻りください」と、言われていたので、夕飯は、下田駅近くのスーパーまで買い出しに行き、部屋飲みすることにした。これじゃぁ、休日に自宅で妻とDVD観ながら酒飲んでいるのと何ら変わりがない💨
夕食前に館内の温泉に行った。温泉はいいだろうと思っていたが、女子が口にする十八番(おはこ)を発したくなる。
サ イ テ ー (>_<)
一番大きいスペースの全身浴の湯(イカれた気泡風呂)は、まぁ許してやる。しかし、寝湯は底が茶色く汚れているし、箱むしは何分篭っていても足しか暖かくならないし、うたせ湯は火傷しそうなくらい熱い湯だし、露天風呂はぬるま湯。ネットの口コミによると、露天風呂は夏になると蚊が群生するようだ。
しかし、わたしはまだ気がかりなことがあった。それは料理である。
昭和の時代にはあったと思うんだよなぁ、「部屋は汚ねぇ、温泉も大したことねぇ、でもよ料理はサイコーに旨かったんだよ」って、帳尻を合わせる旅館が。
わたしは、この旅館もその類いではないかと勘ぐり、翌日チャックアウトした後も料理のことが気になっていて、帰宅後にネットの口コミを読んだのだが、料理もサイテーだったみたいだ。
刺身は古い。子供の食事は冷凍ピラフやレンジでチンしたハンバーグとポテト。唐揚げのような酷いチキン。ご飯は芯が残ってる。伊勢海老はザリガニかと間違えそうな大きさ…etc.
何から何までダメな旅館だったってことだ。因みに口コミのタイトルには、
- 本当にやめた方がいいです。
- もういいや
- 2度と行かない。
- 最低旅館
- 史上最悪の旅館
- 妖怪屋敷…
- この旅館泊まるなら、野宿の方が絶対イイ!!
- ここまで酷いとは…
- 嘘だらけ旅館
と、残念無念の恨み辛みばかりで、外国人からも英語で、
- Disappointing(がっかり)
- Warning! Don’t stay here!(警告!ここには泊まらないでください)
と、オーマイガー投稿がされていた。
帰宅してからも、わたしが酷い旅館だったなぁと言うと、妻は海外でもあんな酷い旅館(ホテル)を経験したことはないと言っていた。そして散々憤りを口にしていたのだが、ほとぼりが冷めるうちに、ひょっとしたら、いい経験ができたのではないか?に、気持ちのスイッチが変わっていたのである。
つまり、こんな旅館は全国津々浦々を探してもまず見つかることはないということである。
わたしが妻に、
「これだけ酷い最低旅館を経験できたのだから、今後の旅行の宿泊施設が劣悪だったとしても驚くことはないんじゃないの? いい経験ができたんだよ」
と、笑いながら言うと、妻も笑いながら、
「せやね!」
と、明るく返事をしてくれた。
逆境を経験してもポジティブ思考のわたしと妻であった。

















