Hの悲劇と喜劇

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 わたしの高校時代の話し。現在の高校では学力別にクラスを分けたり、進学コースのクラスもあったりするが、当時はこれらを取り入れた高校は稀だった。しかし、わたしが通った高校はホームルームクラスの他に学力別にクラスを分けた学習集団クラスがあった。

 朝のホームルームの朝礼を終えると生徒はゲルマン民族大移動(AC395年)の如く、自分の学力別ルームにワサワサと移動して授業を受けた。

 わたしが入学した1年目は、ひとクラス50余名の10クラスがあり、学力が高いクラスからA、B、C・・・Jと分けられていたが、2年目以降はひとクラス減り(深くは追求しないでください)A~Iクラスになった。

 当時の学習集団は、

  • 国語(古文・漢文含む)、社会、理科
  • 英語
  • 数学

 の3つに分類され、尚且つ、A~Eを上のクラス、F~Jを下のクラスと呼び、わたしが覚えている限り、英語と数学の中間・期末テストは上のクラスと下のクラスとで試験内容が違っていたと記憶する。

 学習集団のメリットは、オツムが同類項の生徒が同じクラスで勉強をしたので、授業についていけない落ちこぼれを出すことなく、それなりに学力アップできたことが上げられるだろう。

 反対にデメリットは、ホームルームクラスメイトとの交流は朝の朝礼と帰りのダッシュ下校前に接触を持つくらいだったので、ホームルームクラスへの帰属意識が薄れ、クラスの和が無条件降伏するかのように剥奪されていたことだろう。

 わたしの場合、幸か不幸か、一箇所にジーっとしていることができない、飽きっぽい性格のため、エレベーターのように学習集団を上へ下へとお引越しを繰り返し、A~Fクラスを経験したため、いろいろな学力レベルの友人らと交流が持てて楽しめたが、Aクラスは別格だった。授業を受ける生徒の姿勢が違いましたよ。Fクラスに拝命されたときは、わたしの中ではラリホーのIくんがいたことに異様な恐怖心を感じ、
「このまま学力が低迷したらヤツにしばかれる💨」
 と、ちょび~っとだけお勉強をして、Cクラスへ番付を上げた覚えがある。


 さて、先に学習集団が3つあったことを記したが、『国語(古文・漢文含む)、社会、理科』の学習集団は公正を欠いたところがあったかもしれない。

 それは、理科は生物と化学の選択だったのである。
 入学してすぐに新入生には「生物と化学のどちらを選択するか」のアンケートがあったのだが、わたしは手放しで “生物” を選択した。

 理由は簡単だった。それは、到底日常生活では役に立つことはない、生死に直接係わることもない、まず使うことはない、あの膨大な化学記号を覚えなければならないことに拒絶反応と異様と知れない肌寒さを感じていたからだ。

 恐らく、わたしと同じような思いをした生徒が大半だったのだろう、はたまた生物を “ナマモノ” と読みたがい、
「なんか、面白そうじゃん」
 と、勝手な思い込みで無邪気に選んだ生徒もいるかも知れないが、兎に角、ほとんどの生徒が生物を選択したのである。

 その結果、化学を選択した生徒は2クラス分(100名)しか確保できず、学習集団のクラスはBとHの2クラスだけに収容されたのである。

 つまり、化学を選択した生徒は100人でBとHに分けられたので、例え国語と社会の学力が上位でも化学を選択した生徒の中で51番目だったら、学習集団はHクラスになってしまったのである。Hの悲劇である。

 なお、オケツ入学した生徒は本来最下位クラスだが、化学を選択すればHクラスになったので、こちらはHの喜劇だった。

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