もう30年以上も前になるが、当時自宅の周りは梨畑や飯場や無駄にだだっ広い野ざらしの駐車場があったりして住宅は少なかった。夜も23時を過ぎれば静かなもので、外を歩いている人もまずいなかった。テレビも深夜番組をやっている局は数局で不夜城なんて言葉は都会の繁華街くらいのものだった。
近所にはコンビニもなく、夜食を食べたいと思ったら、冷蔵庫の中を空け、何かあるかなぁで、なければ諦めるしかなかったのだが、幸い自宅付近の公道沿いに自動販売機があって、そこには飲料水の他にハンバーガーや、そば、うどんの自動販売機もあった。夜、腹が空いたときはよくパジャマにサンダルで自動販売機に行っては天そばを買い、ペラペラのプラスチック製の器を両手でつゆがこぼれないように自宅まで持帰り食べた覚えがある。
そんな、自宅の周りもバブル時期頃から変わってきて、梨畑、飯場、駐車場は戸建やマンションに変わり、交通量も人通りも増え、自動販売機までパジャマのままで行くべきか止めるべきか迷うようになったその頃である。
深夜にタバコを切らしてしまい、えーいめんどくせぇと、パジャマにサンダルのまま買いに行ったことがある。
家を出て、市道に出て、歩道を小走りしていると、深夜にも関わらず、道に若いお母さんと3、4才の娘であろう二人が前を歩いていた。わたしは小走りだから当然先を歩いている親子には近づく。
そのとき、後ろの私の気配を感じたのだろう、女の子がくるっと後ろを向き私を見て…私も突然こちらを見られたので、何? と、一瞬歩みを緩める。その直後、女の子が、
「ママ、痴漢だよぉ」
と、発したのだ。
∑( ̄ロ ̄;)!
すると、私が、え゛ーと、思うと同時にその母親も、
「え゛ーーー!!!」
と、ソプラノとアルトの中間くらいのよく響きよく通る雄叫びを上げ、後ろを振り向きわたしを見たのだ。こちらは不審者ではないが、半分タジタジで、おい! ちょっと待ってくれよと、驚き桃の木山椒の木状態になった。
でもね、当時の母親…若いお母さんとは言え、人を見る目と言いましょうか、そうでないのかをちゃんと見極めていましたよ。
わたしを見るとすぐに、
「あっ、すみません」
と、言って道を開けてくれました。
わたしはパジャマにサンダルだった手前、恐縮しながら会釈して先を行きました。現在だったら、親子共々、
「痴漢だぁ!!!」
と、大騒ぎされていたのかな。

















