
1960年(昭和35年)ツクダ玩具(以下、ツクダ)からアフリカ系少女をモデルとした空気で膨らますビニール製人形『木のぼりウインキー』が販売された。見る角度により片目がウインクすることから『木のぼりウインキー』と命名されたが、後に一大ブームのきっかけとなる出来事から通称『ダッコちゃん』の名で親しまれることになる。(ウインクしないのは偽物だった)
公務員初任給12,900円、コーヒー60円、ラーメン80円、国鉄(現JR)初乗り10円、タクシー初乗り100円の時代に、一体175~180円のビニール製人形は、少々高めのおもちゃだったようだ。ツクダ社内でも売れる自信もなく、現実に売れ行きは悪かった。よって、一体100円に値下げしてバーゲンで処分しようとした矢先にひとつの事件が起こった。
ある日、ツクダ社員が単なるいたずらで、銀座松坂屋の水着コーナーにて、女性水着のマネキンの腕に『木のぼりウインキー』を抱きつかせたまま帰った。
その後、水着を買いに来たある女性がそのマネキンを見て「これが今の流行り?」と勘違いしたのか、「いけてる!」と思ったのかは知らないが、その女性は、海水浴場で水着姿の腕に「木のぼりウインキー」を抱きつかせていた。
そこにたまたま取材で居合わせた読売新聞社の記者が、そのセンスを面白ネタとして、勝手に『ダッコちゃん』と命名して写真付きで雑誌で紹介した。
画して風前の灯だった『木のぼりウインキー』は通称『ダッコちゃん』として生まれ変わり、空前のヒット商品として全国へ広まっていった。何がきっかけで商品が売れるか分かりませんね。
ダッコちゃんは、イギリス、フランス、メキシコ、ポーランドにも輸出されたが、アメリカから黒人蔑視との批判が出て、タカラは「ダッコちゃんは黒人がモデルではなく日焼けした子供のデフォルメ」と釈明したが、商品自体の採算性の落ち込みもあり1988年(昭和63年)6月に製造を停止した。製造停止までに販売されたダッコちゃん人形の総数は真正品のみで累計600万個に達した。
【21世紀復活版】
2000年(平成12年)にタカラ社長に就任した佐藤慶太は「ダッコちゃんの復活」を社命に掲げた。同年3月、佐藤慶太の呼びかけで社内にダッコちゃんの復活プロジェクトが立ち上がった。そして、2001年(平成13年)に「だっこちゃん」(だっこちゃん21)の名で復活している。
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