【映画】4K Blu-rayで「七人の侍」を鑑賞。時代はいつ頃?

 説明するまでもなく内外で高評価される黒澤明監督映画「七人の侍」。1954年(昭和29年)公開。

 はじめて「七人の侍」を観たのは小6の時だった。日曜日に父とリバイバル上映されたテアトル東京で鑑賞した。

 何分、休憩を挟み3時間27分の長丁場の映画だったので、観終わった時は昼時をとうに過ぎていた。銀座のレストランで遅い昼食を取り、帰りの道すがら、有楽座で「ゴッドファーザー PART II」が上映されているが目に入り、有楽座の前で立ち止まった。

 わたしが、「観たい」と言えば、父は承知したと思うが、「ゴッドファーザー PART II」も3時間20分の長丁場だった。観てしまうと帰宅は夜になる。還暦を過ぎていた父の顔色を伺うとイマイチ乗り気でない表情を浮かべていた。翌日は仕事。わたしはそんな父を気遣ったのだろう、何も言わずにおもむろに歩き出すと父も歩き出し、「ゴッドファーザー PART II」の看板を見ながら有楽町駅へ向かった。


 「七人の侍」はテレビやレンタルビデオでも鑑賞したが、特別な思い入れはなかった。したがって、テアトル東京で購入したパンフレットを持っているだけで、VHSもDVDもなければテレビ録画ダビングもしていない。それなのに今回、4K Blu-rayを購入した。

 その理由は音声だった。「七人の侍」は1954年公開当初から音声が聞き取りづらいと言われていたようだ。わたしも先に述べた通り映画館、テレビ、レンタルビデオで鑑賞したが、映画冒頭の村を鳥瞰ちょうかんする野武士のセリフから聞き取りづらかったのを覚えている。

 4K Blu-rayではデジタル処理化でノイズも除去されたらしく、Web記事や4K Blu-rayを購入した人たちの「音声が聞き取りやすくなった」と言うレビューにそそられて購入を即決したのだ。

 そして、自宅の4Kテレビで期待を持って、妻と4K Blu-ray「七人の侍」を鑑賞すると、ん〜確かに音響は明瞭化されたと思うが、わたしも歳を取り聴力が落ちたのかな、全般的に音声の聞き取りづらさは解消されなかった。

 まあ、視聴設定で「日本語字幕あり」にすればセリフは表示されるし、映像は野郎頭(月代さかやき)の百姓のかつら部分までくっきり分かるのはどうかと思うが、それほどまでに鮮明なのでよしとしよう。


 さて、「七人の侍」のタイトルクレジットの後に、

戰國時代─
あいつぐ戰乱と
その戰乱が
生み出した
野武士の横行
ひづめの轟が
良民の
恐怖の的だ

 と、映し出される。

 戦国時代は、室町幕府中期1467年(応仁元年)に発生した応仁の乱にはじまり、終わりは以下の通り色々な見解があるが、一言に戦国時代と言っても1世紀以上の歳月がある。

  • 織田信長が第15代将軍足利義昭を奉じて上洛した1568年(永禄11年)まで
  • 関ヶ原の合戦の1600年(慶長5年)まで
  • 徳川家康が征夷大将軍に就任して江戸に幕府を樹立した1603年(慶長8年)まで
  • 大坂夏の陣で豊臣家が滅亡し、家康が一国一城令を施行した1615年(元和元年)まで

 一体全体「七人の侍」は、戦国時代のいつ頃なのだろうか。

時代は豊臣政権樹立の1586年(天正14年)

 劇中、菊千代(三船敏郎)が、島田勘兵衛(志村喬)の面前に偽の家系図を広げ、これが俺だと主張するシーンがある。勘兵衛は家系図を手に取り、
「天正二年甲戌きのえいぬ 二月十七日生まれ(西暦1574年3月20日)」
 と、読んで大笑いし、
「おぬし、十三歳には見えんが」
 と、言ったことから確認できる。数え年なので1586年になる。

 1586年は安土桃山時代(1568年(永禄11年)〜1600年)。前年1585年(天正13年)、羽柴秀吉が関白に就任し、1586年は秀吉が正親町おおぎまち天皇から豊臣の姓を賜り、徳川家康、上杉景勝、毛利輝元らを臣従させ、太政大臣に就任して豊臣政権が樹立された年だ。

 しかし、まだ天下統一には至らず、九州征伐中であり、関東の北条氏は対峙し、奥州も平定されてなく、抵抗勢力との戦が続いていた。


 戦で滅亡した戦国大名や城主の家臣は失職し、滅亡せずとも敗北すれば解雇もあったと思うが、時は戦乱の世。武事に長けた者は再就職が容易だったと思う。

 但し、いざ仕官してみたら、冷遇されて、「やってらんね」「サイテー」と、嫌気が差したり、厚遇でも役不足(不満・手持ち無沙汰)だったり、役多過ぎ(過重労働・力不足)だったり、家風が合わなかったり、「この家レベル低くね」と、不安になりスキルアップを考えたりして、自分にマッチングする新たな仕官先を求めて各地を転々とした者もいたのではないだろうか。

 武事に劣る者や、文弱(文事ばかりにふける弱々しい者)は、各地を巡ってもなかなか仕官先が決まらず、やがて路銀が底をつく。

 農村では、戦の敵方や野武士に実った作物は略奪され、村は焼き討ちされ、百姓は銭も食べ物も行く宛もなく途方に暮れる。

 このような武士や百姓の中には、餓死したり、自ら命を絶ったり、かぶき者や盗賊や野武士になった者もいたと思う。

 映画では、野武士が村を襲ってくることを知った百姓たちの野武士襲撃対策会議でこんなやりとりがある。
「代官所だ。年貢取り立てるばかりが能じゃあんめえ。代官所になんとかしてもらうべ」
「駄目だ、駄目だ。代官所のするこたあ分かっているだ。野伏せりがいなくなってから大きな面して焼け跡見物よ」
「んだんだ、何の役にも立たねえ」

 「七人の侍」は、そんな時代の “侍と百姓 対 野伏せり” の攻防戦だった。現代にも通じる問題に思えてならないのである。

余談:映像と音響のズレ

 火縄銃(映画では「種子島」と呼んでいる)で、中遠距離で背後から撃たれるシーンが4回ある。いずれも撃たれた方が仰け反ってから、零コンマ何秒遅れてパーンと音が響く。

 また、菊千代が防御柵の外の橋の上から、遠距離にいる野武士を挑発するシーンでも、菊千代めがけて撃った火縄銃の弾丸が川に当たり、水しぶきを上げてからパーンと音が響く。

 これらは編集ミスによるズレではない。火縄銃(国友筒)の弾速は音速の1.4倍。黒澤監督は細かいところまでこだわる演出をしていた。

目次