メガネは顔の一部です

 子供の頃から四十を過ぎても視力は両眼共に1.5だった。メガネは自分には生涯無縁の代物だと思っていた。ところが、五十手前になると、突如どんなに目を細めてもスマホの文字が読めなくなり、仕舞いにはパソコンの文字も視力検査をしているかのように見え辛くなったのだ。

 老眼だった。取り急ぎ、デパートで吊るしで売られていた、度数+2.50の老眼鏡を購入した。1,250円也。

 ほー、こんな安いメガネでも手元の細かい文字がくっきり見えるんだ。メガネ専門店で数万円も支払ってメガネを買うこともない。これでよしとしようと思った。

 ただ、老眼鏡は遠くがボケてよく見えない。居酒屋など壁に貼られた一品一品手書きされた大きめのお品書きも読めない。夜のネオン街ではキラキラと色鮮やかな万華鏡を覗いているような感覚になり、何が何だかよく分からない。その都度、メガネを外したりずらしたりするので面倒くさ。

 果たして、本格的にメガネ専門店で視力測定をしてビジネス向きの遠近両用ウェリントン型銀縁メガネを購入したが、ビギナーにありがちな、しばらく経つと新しいメガネが欲しくなり、足繁くメガネ専門店に行っては陳列されたメガネを物色して購入したり、お店を変えて購入したり、高級店でも購入したりして、加えてフレームやレンズを4度壊したこともあり、遠近改め中近両用メガネを8度変えたが、最終的にはブリッジもテンプルも細いリムレス(ふちなし)のスクエア型メガネに落ち着き6年間愛用し、2年前からは写真上のラウンド型メガネを愛用している。


 さて、先週のこと。妻が仕事用のメガネを買うと言い出した。どうやら視力が落ち、今のメガネでは書類に書いたり、パソコン入力をしているとき見え辛くなったと言うことだった。

 わたしもパソコンを長時間使っていると文字が見え辛くなることがあった。しかし、レンズ交換をするほどでもないと思っていたのに、妻が新しいメガネを買うと言うものだから、わたしも急に新しいメガネが欲しくなり、それならばとふたりでメガネ専門店へ行くことにした。

 わたしが使っているラウンド型メガネは、丸メガネブームにまんまと乗っけられた感もあったが、クラシカルなデザインの細めのメタルフレームには、アラベスク模様が施されていたことと、リム下から上へ伸びるメタルパッドの蝶足が独創的だったことが気に入っていた。

 したがって、今度も個性的なラウンド型もしくはボストン型のメガネにしようと店内に陳列されている同型メガネを取っ替え引っ替えかけてみたが、どうもしっくりこない。鏡に映るメガネをかけた自分の顔を見ていると、
「謎の東洋人役で映画に出演してみませんか?」
 と、街でスカウトされそうな、ただそれだけのうってつけの人相にしか思えなかったのだ。
「これ、どうかな」
 と、妻に見た目の感想を聞いても、どれもこれも意味ありげな含み笑いをしたり、
「やめとき」
 と、返してくるし、そもそも丸顔のわたしには丸いメガネはイマサンなのだ。

 と言うことで、ラウンド型、ボストン型のメガネは諦めて他の型のメガネを選んでいると、気に入ったメガネがあり、
「どうよ」
 と、メガネをかけているところを妻に見せると、
「それ、いいじゃない。似合うよ」
 と返し、傍にいた女性店員からも不意をつかれる感じで、
「そのメガネ、似合いますね」
 と、褒められちまったものだから、おだでに弱いわたしは、
「でしょー」
 と、お調子者丸出しの笑顔で返し、写真下のウェリントン型メガネを、妻はボストン型メガネを購入して、昨日妻とメガネの受け取りに行ってきた。なお、視力測定は2年前とほとんど変わっていなかった。

 帰宅後、新しいメガネをかけたわたしの顔をジーっと見ていた妻から、
「お堅い感じがするね」
 と、言われたが、弛み切ったわたしの顔が、多少は引き締まって見えるので丁度いいのである。

目次