椿三十郎の正体

 録画していた黒澤明監督の「椿三十郎」(1962年作品/出演:三船敏郎、仲代達矢、加山雄三、小林桂樹)を観た。何度観ても飽きない痛快活劇だ。

 映画の画面アスペクト比は2.35:1とシネマスコープ(東映スコープ)なので、レターボックスサイズで放送され、テレビ画面上下には黒帯が入るが上下左右映像がカットされないのがよかった。

 椿三十郎は2007年にリメイクもされた。(監督:森田芳光、出演:織田裕二、豊川悦司、松山ケンイチ)

 上映時間は1962年版96分に対し2007年版は119分と23分も長い。

 森田監督は1962年版をリスペクトしていて、脚色は変えず演出で勝負したようだが、熱を入れすぎたのかな、大時代かかった間延びした作品になってしまい、観終わった時は疲れだけが残った。

 配給収入は1962年版は4億5010万円で2007年版は12億円。しかし、2020年消費者物価指数を100とすると1962年は20.1。1962年版を2020年に換算すると約22億5050万円になり、2007年版を倍近く上回っている。

 主演の織田裕二はいい役者だと思うが、役者を生かすも殺すも脚本次第ですね。


 「椿三十郎」の原作は山本周五郎の「日日平安にちにちへいあん」。当初は原作にほぼ忠実に脚色されたようだが、東宝側が難色を示し企画はボツになった。しかし、前作の「用心棒」がヒットして東宝側から続編依頼があり、脚色を大幅に変えて映画化された。

映画と原作の登場人物の違い

○:善玉/●:悪玉

登場人物映画原作(小説)
○浪人椿三十郎(三船敏郎)菅田平野
○藩士井坂伊織(加山雄三)井坂十郎太
●菊井の腹心室戸半兵衛(仲代達矢)none
○城代家老睦田くがた弥兵衛(伊藤雄之助)陸田精兵衛
●次席家老黒藤くろふじ(志村喬)黒藤源太夫
●留守役上席none仲島弥五郎
●国許用人竹林(藤原釜足)前林久之進
●大目付菊井(清水将夫)菊井六郎兵衛
  • 原作には室戸半兵衛なる人物はいない
  • 首謀者は原作では次席家老黒藤源太夫/留守役上席仲島弥五郎/国許用人前林久之進、映画では次席家老黒藤/国許用人竹林/大目付菊井になる
  • 当初の企画が通っていたら、菅田平野役は小林桂樹だったのではないかと思う。そして、娯楽性を考えると「椿三十郎」ほど配給収入は無かったことだろう。なお、小林桂樹は黒藤側の見張りの侍「木村」として出演しているが、なかなかいい味をだしている。上手い役者ですね
  • 原作の菅田平野は、映画の椿三十郎のような剣豪ではない
  • 菅田は端から仕官することを目論見、井坂に協力するが騒動に決着がつくと、自分の行動が侍として恥ずべきことだったと猛省して立ち去ろうとする。しかし、睦田が藩の騒動が外に漏れることを恐れ、井坂の強い説得もあり、菅田平野は「どうも有難う」と、笑いながら言って藩に仕官する
  • 映画では睦田は「ありがたいことに、あの男は戻ってこやしないよ」と、椿三十郎の仕官には消極的で、椿三十郎も仕官は全く望んでなく、井坂たちに「あばよ」と、言って立ち去った

 ※椿三十郎の時代設定は11代将軍徳川家斉の時


 さて、椿三十郎を何度も観ているうちに、実は椿三十郎は幕府の命を受けてやってきた隠密だったのではないかと勘繰るようになった。

 この藩の汚職の疑いが幕府の耳に入った。幕府としては国家転覆につながるようなことになっては大一大事。そこで、藩の汚職が嘘か実か探るために椿三十郎が隠密として送られたのだ。

 映画冒頭で椿三十郎が神殿で寝ていると、集まってきた井坂たちの話を聞いてしまう。椿三十郎は独自で汚職を探ろうとしていたが、話を聞いているうちに井坂たちや城代の命がやばいじゃんと考え、やむなく井坂たちに協力するハメになった。

 椿三十郎という名も偽名だ。幕府の隠密が氏素性を明かすことはない。したがって、睦田夫人(入江たか子)に名前を聞かれた時も庭の椿を見ながら、
「私の名は、椿三十郎。もうそろそろ四十郎ですが」
 と、答えた。

 井坂たちとの別れ際でも、陸田夫人の言葉を借りて、
「本当に良い刀は鞘に入ってる」と、言って、
「おい、おめえたちも大人しく鞘に入ってろよ」
 と、井坂たちをたしなめるが、遠回しに、
『よからぬことは考えず、大人しく藩の仕事にいそしめ』
 と、言っているようにも思える。

 そして、椿三十郎は井坂たちに「あばよ」と、言って立ち去り、幕府に戻ると藩内に騒動があったものの、謀反を企てるようなことはなく、私利私欲の首謀者たちは全て処罰されたことを報告して藩にはお咎め無しで一件落着する。

 この映画は奥が深いなぁ。さすが世界の黒澤だ。

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