「私だけ 愛してたことも」問題

 タイトルは竹内まりやの『駅』の2番の歌詞の一節。
 NHK ONEで『The Covers』を見ていたら、ミッツ・マングローブが、

  • 私だけ(を)愛してたことも
  • 私だけ(が)愛してたことも

 どちらなのか昔論争になったことを話だした。

(AI参考)

作詞・作曲:竹内まりや。1986年に中森明菜へ提供した楽曲で、翌1987年に山下達郎の編曲でセルフカバーされた名曲。かつての恋人と駅のホームで偶然再会し、過ぎ去った日々に思いを馳せる大人の切ないバラード。山下達郎が初期の制作段階で「スタッフの解釈が違う」と指摘したことでも知られ、別れの苦い思い出と、その後の吹っ切れた心境が描かれている。

 以前も話したが、わたしは曲の歌詞にはさほど興味がない。わたしの琴線に触れるメロディーやハーモニーが、わたしにとっていい曲であり、歌詞は二の次三の次なのだ。

 そもそも、歌詞の意味は、作った当人に聞けばいいと思うのだが、作詞した者の中には、
「皆さんが、思い思いに描いた気持ちで構いません」
 と、曰ったり、
「理解できないのなら聴かなくていいよ」
 と、にべもなくシッシッされることもありそうだ。説明もできない歌詞作るなよと言いたい。

「を」なのか「が」なのか

 結論から言うと、「私だけ(を)──」みたいだ。ミッツが意味深なことをいうものだから、歌詞に興味のないわたしも“謎解き”は好きなので、わたしなりに考察してみた。歌詞全文は文末リンクをご覧ください。

2番の歌詞抜粋

うつむく横顔 見ていたら
思わず涙 あふれてきそう
今になって あなたの気持ち
初めてわかるの 痛いほど
私だけ 愛してたことも

 山下達郎が、
「スタッフの解釈が違う」
 と、指摘したのは、スタッフの解釈が「私だけ(が)──」だったからだろう。そして、中森明菜はウェット感の楽曲が多く、『駅』もスタッフと同じ解釈で歌ったものだから、山下達郎は相違を感じ、翌年竹内まりやが、「私だけ(を)──」の気持ちでセルフカバーしたのだと思う。

 確かに、中森明菜バージョンは、「私だけ(が)──」に、竹内まりやバージョンは、「私だけ(を)──」に聞こえるような気がする。

 「を」でも「が」でも、どちらも当てはまると思う。
 また、人がうつむく時は、苦しい時、困った時、悲しい時、疲れた時など陰の様子を描かれることが多いが、反対に「うつむく横顔は、笑みを浮かべていた」「──は、静かな闘志が伺えた」など、陽の様子を描かれることもある。

 主人公が何故「思わず涙 あふれてきそう」になったのかは、歌詞からは読み取れない。したがって、元カレの「うつむく横顔」が前者なら「私だけ(を)──」になり、後者なら「私だけ(が)──」になる。

 わたしが注視した箇所は、「愛してたことも」と、接続詞の「も」で終止しているところだ。助詞の「を」で終止していたら、「私だけ(が)──」の一択になる。

 接続詞の「も」は、同様の事柄が他にもある時に使われる。
 例えば、飲食店で注文する時、
「オレはカツ丼」
「おいらも」
「ボクも」
 と、言う具合に。

1番の歌詞抜粋

懐かしさの一歩手前で
こみあげる 苦い思い出に
言葉がとても見つからないわ

 主人公の元カレに対する気持ちは、「苦い思い出」と「情愛」の表裏一体の憎愛を持ち合わせていたことになる。

 よって、わたしは、
「私だけ(が)愛してたことも」
 になると思うのだが、3番の歌詞が加わると、「私だけ(を)──」なのかなぁと思ったりして、わたしの知能レベルの考察力では、考えれば考えるほど眠たくなり、もうどっちでもいいやとなるのである。なお、「私だけ(を)──」が多数派で、「私だけ(が)──」は少数派になる。

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