純、蛍 俺にはお前らに遺してやるものが何もない。
でも、お前らには、うまくいえんが、遺べきものはもう遺
した氣がする。金や品物は何も遺せんが、遺すべきも
のは伝えた氣がする。正吉や結ちゃんにはお前らから
伝えてくれ
俺が死んだ後の麓郷はどんなか。きっとなんにも変ら
ないだろな。いつものように、春、雪が溶け、夏、花が咲
いて畑に人が出る。いつものように、白井の親方が夜遅
くまでトラクターを動かし、いつものように出面さんが働く、
きっと以前と同じなんだろうな。オオハンゴンソウの黄色の向
こうに、雪子おばさんやすみえちゃんの家があって。もしもお
前らがその周辺に〝拾ってきた家〟を建ててくれると嬉しい。拾っ
て来た街が本当にできる。アスファルトの屑を敷きつめた広
場で快や孫たちが遊んでたらうれしい。
金なんか望むな。倖せだけを見ろ。
ここには何もないが自然だけはある。自然はお前らを死な
ない程度には充分毎年喰わしてくれる。
自然から頂戴しろ。そして謙虚に、つつましく生きろ。それ
が父さんのお前らへの遺言だ
黒板五郎
